慶應義塾大学院 教授の古川享氏
慶應義塾大学院 教授の古川享氏
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 ITpro EXPO 2010最終日の基調講演は、慶應義塾大学院 教授の古川享氏とエバーノート会長、First Compass Group ジェネラルパートナーの外村仁氏による対談「『個』の力を、組織の力に」から始まった。

 古川氏と外村氏は、それぞれマイクロソフトとアップルコンピュータに籍を置き、ビル・ゲイツ氏とスティーブ・ジョブズ氏という業界のカリスマの一挙手一投足を間近で見てきた経験を持つ。最近は、IPA(情報処理推進機構)の未踏プロジェクトで選抜された若手技術者をシリコンバレーに送り出して現地の技術者や投資家との交流を図るなど、若手技術者の支援活動に注力している。

 今回の対談では、外村氏が提示したいくつかのテーマに古川氏が答える形で、来場者に向けて前向きなメッセージを次々と発信した。

成功の要件が変わってきた

エバーノート会長、First Compass Group ジェネラルパートナーの外村仁氏
エバーノート会長、First Compass Group ジェネラルパートナーの外村仁氏
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 最初のテーマは「成功の要件が変わってきた」。IT業界に30年かかわっている古川氏は、「以前は、誰かが新しいことを言い始めて周囲が賛同し、ユーザーにも賛同を求める。そして結果としても、マスに向けた製品やシェアが高いことが評価された。しかし最近では、限られた市場に対して、あるメッセージを確実に届けることができた人が成功を収めている」と成功の価値観が大きく変化したとみる。外村氏は、個人の価値観の多様化が背景にあるのだろうと付け加えた。

 成功要件に関連し、両氏の話題は製品開発においてカリスマ性は必要か、に展開した。パソコン黎明期の1970年代以降、カリスマ的なリーダーシップを発揮したビル・ゲイツ氏や西和彦氏を間近で見てきた古川氏は、強烈な個性を持つカリスマが製品開発を引っ張るパターンと、ユーザーの要求に耳を貸す形の両極になるという見解を示した。その中間に成功はないという。

 ここで話題は「モノ作り 作る側と使う側の関係の変化」に移る。ユーザーの声をうまく吸い上げることに成功した例として、古川氏は携帯電話機メーカー最大手のノキアを紹介した。ノキアは調査や研究のためのリサーチラボをやめて、市民組織による「リビングラボ」を設立した。賢い人を集めてもいいものは作れない、という発想のもとで、多くの人が普段どう使っているのか入念に調査することに注力したのだという。この流れは欧州で生まれ、シンガポールに伝搬し、韓国まで届いたが、日本にはまだ根付いていないと指摘した。

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 古川氏が教鞭を執るKMD(慶應義塾大学メディアデザイン研究科)でも、「求められるものを起点に考える」という発想に基づいてモノ作りが変わってきたという。KMDにはビジネス、デザイン、法律、エンジニアリングに詳しい教授陣がいて、学生が「こんなプロジェクトを始めたい」という声に応じている。その成果の一つが、色弱者向けのiPhoneアプリ「色のめがね」。北海道大学の医学部博士課程出身の学生が発案、学内の支援を得て無償で提供している。必ずしも規模が大きくないニーズに対して、ブランド力やコストをかけなくても、具体的な形になった例だとした。

 外村氏は、Twitterの広がりによって、自らがやりたいことを世界中に呼びかけることで、お金をかけなくてもボランティアが力を合わせて新しいものを作っていける時代になったとソーシャルメディアの台頭を強調。古川氏は、開発初期からTwitterやUstream.tvで一般公開したホームページ制作ツールの例を挙げて、デビュー前の段階からファンと一緒に育てて成功を収めるのが今風であるとした。急速に広がっているSNSの利用についても、企業内では他の部署で働いている人のエネルギーをモノづくりのために集約していけるかがカギになるとした。