写真●野村総合研究所 未来創発センター主席研究員・チーフエコノミストのリチャード・クー氏(撮影:皆木優子)
写真●野村総合研究所 未来創発センター主席研究員・チーフエコノミストのリチャード・クー氏(撮影:皆木優子)
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 「日本の状況は、1970年代に日本の追い上げを受けた米国に似ている。そこから経済政策を転換し成長を遂げた当時の米国に学ぶべきだ」。「IT Japan 2010」の基調講演に登壇した野村総合研究所(NRI)のリチャード・クー氏(未来創発センター主席研究員・チーフエコノミスト、写真)は、こう訴える。

 1970年代の米国は、当時急速に成長した日本の製造業に追われて経済競争力を失っていた。そこで、それまでの保護政策を止めて競争政策に転換した。クー氏は米グーグルや米アップルの開発力を例示しながら、「当時の経済政策の転換が、いまの米国におけるITの強さにつながっている」とみる。「新しい技術やサービスを創造する人材を生み出した」(クー氏)。

 一方で「日本は、いまだ『追いつき追い越せ』の追従路線から抜け切れていない」とも指摘する。クー氏は従来にない発想を生み出す人材を厚遇し、適切な報酬を提供するなど、イノベータ向けの仕組みを整えるべきだと訴える。「日本から世界に発信できる新技術やサービスが生まれれば、日本全体が豊かになる。日本の人口約1億2000万人を食わせる人材を育てることを、日本全体で本気で考えるタイミングがやってきた」と続ける。

 またクー氏はこうした時代性を読み解く視点として、「バランスシート不況」について解説する。これは債務超過に陥っている企業が、債務の返済に徹することによって起きる経済現象を指す。

 日本では1991年のバブル崩壊後に、多くの企業が債務超過に陥った。企業はバランスシートを修復するため、債務の返済に徹し、投資を控えた。政府はゼロ金利政策を実行したが、多くの企業が「借金をせず、ひたすら債務の返済に努める」ことに徹し続けたため、資金が循環せず景気が悪化し続けた。クー氏はバブル崩壊後に見られたこうした企業経営と経済全体の構図を「合成の誤謬(ごびゅう)」と呼んでいる。

 クー氏によれば、企業におけるバブル期の借金返済は2005年頃から収束に向かっている。2005年以降しばらく見られた景気回復は、それが理由だという。

 ただ、バブルで痛い目に遭った経営者のトラウマは消えていない。クー氏はこれを「借金拒絶症」と表現する。「企業にこの症状が残っていると、景気が改善しない」(クー氏)。麻生太郎元首相は在任時、設備投資分野の減税案を時限立法として提示した。「これは評価すべきものだったが、その後のリーマンショックで立ち消えになってしまった。今こそ、このような経営者の視点に立った財政政策が求められる」(同)。