写真●東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員 吉川 良三氏(写真撮影:皆木優子)
写真●東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員 吉川 良三氏(写真撮影:皆木優子)
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 「日本企業は『グローバリゼーション』の意味するところをもっと真剣に考えなければならない」。1994年から10年間、韓国三星電子(サムスン電子)で常務を務めた東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センターの吉川良三特任研究員(写真)は2010年7月15日、「IT Japan 2010」の講演でこう喝破した。

 半導体や家電、ハイテク機器など様々な分野で、日本企業が韓国企業の後塵を拝している現状をデータで説きながら、吉川氏は「サムスングループは、新興国を市場として定義し、その国の文化に合った地域密着型のものづくりを行ってグローバル化を進めた。それに対して日本企業は、日本で設計したものを、労働力が安価な地域で生産するだけの国際化にとどまった」と分析した。

 グローバル化を推進するうえでサムスングループは、世界各国のニーズを探る「地域専門家」を大量に育成した。人材育成拠点の「人力開発院」で集中研修を行った後に、派遣先の国に1年間仕事を離れて滞在し、徹底的に「消費」の現場を探らせる。こうして現地のニーズを十分に把握することで、必要とされる機能と価格競争力を両立した商品開発に成功した。さらにブランドマネジメントやアフターサービスなど、消費者が認知しやすい「オモテの競争力」を強化する戦略を採った。

 これに対して日本企業は、生産性や開発のリードタイムなど、消費者から見えにくい「ウラの競争力」強化にこだわった。さらに現地の消費の実態を理解しないままに、多機能、高品質な商品を送り込んだ結果、「過剰品質とみなされ、ボリュームゾーンでのシェアを拡大できていない」と指摘する。

 吉川氏は日本の現状を、環境変化に気づかないまま死に至る「ゆでガエル」になぞらえた。「技術者を使い捨てにする経営者」「自己の技術を過信する技術者」「新商品好きで、実際には使わない高機能を求める消費者」という「3つのごう慢」がそれを助長しているという。

 サムスンもかつてはゆでガエル症候群に陥っていたが、1997年のアジア通貨危機によって、事業の大規模な整理統合を余儀なくされた。ここで生まれた強い危機意識が、グローバル化、デジタルものづくり、価格とニーズの均衡という新たな戦略を打ち出した。

 これを実現する具体策として、「3PI活動」と呼ぶ3つの体質改善活動を推進した。1つ目は、地域専門家の育成に代表される組織と人の革新であり、2つ目は、生産プロセス情報を一元管理して世界の拠点が協働で設計に携わるプロセス革新だ。3つ目は商品開発の革新で、日本などで開発された先行製品の機構を徹底分析してリバースエンジニアリングを行い、各国のニーズに応じて必要な機能だけを残す。基礎研究からの自力開発にこだわる日本企業に対して、開発スピードで優位に立つことに成功した。

 さらに、マイクロコントローラユニットの制御によって、機能と部品を1対1で対応させるモジュール型のデジタルものづくりの手法を確立し、グローバル生産体制のメリットを引き出した。こうした改革を進めるうえで、IT(情報技術)の果たした役割は大きいという。

 サムスンの優位性を強調する一方で、吉川氏は「日本企業が持つウラの競争力は、日本の『体力』ともいえるもので、使い方次第で新興国市場でプレゼンスを高める武器になる」と指摘した。「卵の殻を自ら破ると命ある鳥が生まれるが、他人に割られると目玉焼きにしかならない」というたとえを引いて「ものづくりへの情熱と愛情が殻を破るエネルギーになる」と締めくくった。