写真●野村総合研究所の藤沼彰久取締役会長(撮影:皆木優子)
写真●野村総合研究所の藤沼彰久取締役会長
(撮影:皆木優子)
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 「ITサービス産業の3Kが叫ばれて久しいがその原因ははっきりしてしている。投資コストに対してシステムの効果が見合っていないとお客様が感じるため評価してもらえていないからだ」。

 野村総合研究所(NRI)の藤沼彰久取締役会長は2010年7月15日、東京・品川で開催中の「IT Japan 2010」において「新たなITサービス産業を目指して」と題した講演をこう切り出した(写真)。3Kとは「給料が安い」「(仕事が)きつい」「(家に)帰れない」の頭文字を取った、日本のITサービス産業の負の側面をもじった言葉だ。

 藤沼会長はまず、ユーザーに評価してもらえていない事実を数字を上げて説明した。総務省の2005年調査では、IT投資に対して効果が十分あったと回答したユーザー企業はわずか5.2%だったという。一方、米国のそれは16.7%、韓国では14.1%だ。「国際的に見ても投資効果に対する評価はそれほど高くないが、とりわけ日本は低い」(藤沼会長)。なぜ評価してもらえないのか。藤沼会長は「歴史的にITの使い方が変わってきているのに、ITサービス産業が変わってきていないからだ」と指摘する。

 「日本では過去50年間、ITに投資している。手作業をITで自動化するフェーズはもう終わっている」という。現在のIT投資の対象はシステムの老朽化に伴うリプレースや企業の合併や買収への対応、制度改定への対応などだという。「運用保守工程での投資が多い。新規への投資は全体の35%程度。投資目的別に見れば戦略システムへの投資はたった12%だ」(同)。

 IT投資の効果が上がらなかった“失敗”理由を分析すると、次の三つが上位に来るという。最も多いのが「IT投資に伴う組織や業務プロセスの改善活動が不十分だったこと」。次が「経営層の積極的なリーダーシップがなかったこと」。最後が「利用部門によるITの利用促進活動が不十分だったこと」である。藤沼会長は「ITに投資しても業務改革をしなかったり、現場に任せきりだったり、戦略系システムは使いこなすのが難しいのに『こう使えば生産性が上がりますよ』といった定着化の努力が足らなかったのが原因」と総括した。

 この反省から、ITサービス産業の強化すべきポイントが見えてくるという。企画工程でどうしたいかをはっきりさせることと、システム稼働後に活用を促進させることだ。「米国は2000年代に強力なトップマネジメントを発揮して、IT投資とリストラなどの業務改革の両方を進めたから生産性が伸びた。一方の日本はIT投資をしてもトップマネジメントが米国よりも強くないため、どうしても効果が出にくい」(同)。調査によれば、IT投資をして業務改革をしない場合とIT投資をしないで業務改革だけをする場合とでは生産性の向上指数がほとんど変わらず、二つを同時に進めれば高い効果が出るという。「日本のITサービス産業は単にITを提供するだけではなく、組織や業務の“しくみ”を変革させることが欠かせない」。

 しくみを変えるためにITサービス産業ができることは「つないでつないでつなぐこと」だという。「自動車を買ってから廃車にするまで、自動車販売会社や保険会社、整備工場などが絡むが、各社は自分の仕事しか興味がなく、情報も連携しない。ITはこれを横につなぐことで全体最適を果たして、自動車の購入者に新しい価値を提供できる」。藤沼会長はこうしたつなぐ技術こそがITサービス産業の強みと強調する。「イノベーションを私は新結合と訳す。情報をつないで活用するプロこそがITサービス産業だ」。

 こうしたつなぐ人材の育成をNRIは急ぐという。ビジネスとITを橋渡しできる、これまでにない新しい人材像で「システム・アーキテクト」と呼ぶ。大きく二つに分かれ、社会システムの課題解決を主とする「ソーシャル・アーキテクト」とビジネス課題の解決を担当する「ビジネス・アーキテクト」である。

 システム・アーキテクトに必要な資質を、藤沼会長は「ギーク・スーツとデザインの二つ」と説明した。ギーク・スーツとは、技術オタクであるギークとBS(貸借対照表)やPL(損益計算書)を読めるスーツの両面を持った人という。「現状、ギーク・スーツの人材はIT出身でビジネススキルを身につけた人が多いが、今後は学際連携などで大学生や大学院生から戦略的に人材を育成していく必要がある」(同)。

 もう一つの資質に挙げたデザインとは、一般的なデザイン能力ではない。藤沼会長は「お客様がもやもやしているところに指針を指し示すことができる力」と定義する。これは、デザインという言葉に「対象や意味を指し示す」という語源があることからきているという。「何をすべきか迷うユーザー企業に対し、業務改革を含めた変革の道を指し示し、ビジネスの効果が出るまで定着化運動を一緒にしていく。こうした知識創出産業になれば顧客からも評価され、3Kはなくなる」。藤沼会長はこう強く主張し、講演を締めくくった。