写真●東京証券取引所の鈴木義伯専務取締役・最高情報責任者(CIO)
写真●東京証券取引所の鈴木義伯専務取締役・最高情報責任者(CIO)
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 「プロセサやメモリー、通信速度など、ITは右肩上がりで性能を向上し続けている。それを生かすことが企業価値の向上に役立つ」。東京証券取引所の鈴木義伯専務取締役・最高情報責任者(CIO)は、2010年7月14日に開催されたIT Japan Award 2010の受賞記念講演でこう述べた(写真)。

 東証は2010年1月4日、新株式売買システム「arrowhead」を稼働させた。システムの刷新を決めたのは、従来のシステムは機能停止や誤発注などトラブルが絶えなかったからだ。重点を置いたのは、取引システムの信頼性や拡張性、そして高速性を高めることだった。

 arrowheadでは高速性を高め、ミリ秒単位で処理を完了できるよう、オンメモリーデータベースを採用。ハードディスクで発生するディスクI/Oの待ち時間を削減した。加えて拡張性向上のために、サーバー増設による処理性能を可能にした。スケールアウト方式を採用したのである。「旧システムで3~6カ月かかっていたシステムの増強が、1週間で可能になった」(鈴木CIO)。

 信頼性向上の策としては、サーバーを三重構成にすることで99.999%の稼働率を目指すことにした。メモリー上のデータは、3台のサーバー間で自動的にミラーリングし、不具合が起きても処理を継続できるようにした。

 東証は通信環境の見直しにも力を入れた。専用線を10Mビット/秒から100Mビット/秒に高速化し、通信機器も見直した。このことによって可能になったのが、取引参加企業向けに提供するコロケーションサービスだ。

 利用企業は東証のデータセンター内に、株式自動発注システムを置くスペースを借りることができる。売買システムの近くに設置することで、3ミリ秒以内で注文処理を完了できるようになる。従来のシステムでは、投資家が端末を使って注文を出すのに20ミリ秒程度必要だった。「高性能なITを利用することで、取引所のビジネスモデルが変わった」と鈴木CIOは話す。

成功に五つのカギ

 もちろん最新のITを使っても、スケジュールが遅延したりソフトウエアの品質に問題が生じるようでは、システム開発プロジェクトが成功したとはいえない。

 鈴木CIOは「arrowhead開発プロジェクトを成功に導いたカギは五つある」と、プロジェクト管理での取り組みを明かした。(1)危機意識の共有、(2)発注者責任の明確化、(3)リスク管理の可視化、(4)経営責任者によるプロジェクト推進体制構築、(5)「フィードバックV字モデル」の採用、である。

 (1)の危機意識の共有については、「国際競争力を強化しなければならない、市場の信頼を回復しなければならない、といった意識を合わせる必要があった」(鈴木CIO)という。

 (2)は発注者責任を明確にすることで、「手戻り」をなくす。要件が固まらないままに開発フェーズに突入すると、スケジュールや品質に悪影響を及ぼしがちだ。そこで発注者の責任のもと、要件を明確にすることにした。「RFPは約1500ページに及び、内容も詳細になった。RFPを作成するだけで約2億円を投じることになったが、曖昧さはかなり排除できた」(鈴木CIO)。

 (3)のリスク管理は、プロジェクト内で発生した不具合などの影響度を「リスクスコア」と呼ぶ数値で表して管理する手法を採った。(4)の経営責任者によるプロジェクト推進体制については、鈴木CIOなど経営層主導でミーティングや説明会を開催するなどした。

 (5)の「フィードバック型V字モデル」は品質向上策である。要件定義、基本設計、詳細設計、コーディングなど、各工程を実施する際に、前工程の不備や不具合を積極的に見付ける手法のことだ。「信じられないかもしれないが、大きな効果がある。ぜひ試してほしい」と鈴木CIOは話す。

 今後はソフトウエアのチューニングや新しいハードウエアの導入で、さらなる高速化を目指す。「海外取引所へのarrowheadの外販にも取り組む」と鈴木CIOは意気込む。東証はarrowhead構築プロジェクトで、IT Japan Award 2010経済産業大臣賞(グランプリ)を受賞した。