写真1●「エンタープライズクラウドフォーラム」でクラウドユーザー2社が討論
写真1●「エンタープライズクラウドフォーラム」でクラウドユーザー2社が討論
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 「顧客の声次第では、クラウドを避ける場面が出てくる」「顧客の声に迅速に対応できればクラウドの導入拡大もあり得る」。2010年6月29日開催の「エンタープライズクラウドフォーラム」のパネルディスカッションで、Windows Azureユーザーの宝印刷と、Salesforce CRMユーザーの日本通運の担当者は、クラウドの行方は顧客次第と結論づけた。

 パネルディスカッションには、宝印刷 常務執行役員の青木孝次取締役と、日本通運 IT推進部の三好隆之課長が参加。モデレータはITproの尾崎憲和副編集長が務めた(写真)。

 宝印刷は、有価証券報告書等の開示システムであるEDINET向けの文書作成ツールの基盤に、米MicrosoftのPaaSサービス「Microsoft Windows Azure Platform」を導入した。青木氏は導入の背景について「IFRSやXBRLなどの適用範囲の拡大で、設備増強に迫られていた。しかし、企業の決算期は3月に集中しているため、顧客が文書を作成するのは一時期に集中する。そのため、負荷変動にコストメリットのあるクラウドサービスを選択した」とした。

 Windows Azureを選択したのは、「既存のシステムが.NETアプリケーションだったため」(青木氏)。プロジェクト全体の全体の工数のうち5%の負担で、オンプレミスからWindows Azureへの展開が可能だったという。

 日本通運は、従来は統一されていなかったCRM(顧客関係管理)に、米salesforce.comの「Salesforce CRM」を選択。「最終的に世界で約6000人のユーザーが使うことになる。クラウドサービスとしての実績と、明確な価格体系、そしてグローバル展開に強いサービスであったことが導入の決め手」と三好氏は語る。

IT部門は「拍子抜け」

写真2●日本通運 IT推進部の三好隆之課長
写真2●日本通運 IT推進部の三好隆之課長
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 まだ内製やオンプレミスのシステムが定番の企業システムでは、クラウドサービスの導入は利用者にとって冒険に映る。文書作成ツールを顧客に提供している宝印刷では、社内の協議で「営業部門から『顧客は総務や経理といった機密性の高い情報を扱う部署が中心。宝印刷側の都合でクラウドを導入して、果たして顧客に使ってもらえるのか』という声が上がった」(青木氏)という。そこでデータはすべて宝印刷のデータセンターに置き、アプリケーションの処理基盤のみをWindows Azureに移すハイブリッド型のシステムとした。

 一方、利用者が社内ユーザーの日本通運では、「特に抵抗はなかった。拠点によっては既にSFA(営業支援)ソフトを独自に導入していたが、既存のシステムに向けたSalesforce CRMのカスタマイズはせず、全社でユーザーインタフェースを統一しようということで話を進めた」(三好氏)という。導入に際して関わったメンバーは、「IT部門で3人、業務部門で3人、ベンダー側で4、5人」(同氏)ほどと少人数。実際の作業は、導入前のコンサルティングと、Salesforce CRM用語と社内用語のすり合わせ、およびユーザーインタフェースに対する利用部門からのフィードバックを画面カスタマイズに反映させた程度という。三好氏は「システム担当としては“拍子抜け”だった」と振り返る。

 しかしインフラの詳細が分からないサービスの導入に、エンジニアとしての抵抗はあった。三好氏は「インフラから構築すると、IT部門として知るべきことを把握できている。しかしクラウドでは、必ずしも知らなくていい。理屈が分からないことに技術者として不満は覚えるが、すっぱりと割り切るのがIT部門がクラウドと上手に付き合っていくコツではないか」と三好氏は打ち明ける。

顧客がクラウドを求める時代は到来するか

写真3●宝印刷 常務執行役員の青木孝次取締役
写真3●宝印刷 常務執行役員の青木孝次取締役
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 宝印刷は「XBRLでの提出が増え、さらにIFRS導入が本格化すると、現行サーバーでは2000社・1万ユーザーを到底さばききれない。これに対処できるクラウドのリソースは魅力」とし、日本通運は「稼働までのリードタイムが格段に短い。採用を決定してから導入まで1、2カ月程度しかかかっていない。トラブル時はサポートデスクに問い合わせれば事足りるので、良くも悪くも運用の面倒を見る必要がない」とし、両社がその効果を語った。

 しかしモデレータの尾崎副編集長が今後の展開を聞くと、青木氏は「クラウドへの展開を決めるのは顧客」とし、三好氏も「顧客の声に応じて、迅速に対応できる手を模索したい」と返答。顧客のクラウドに対する理解が必要との見解で一致した。

 宝印刷の青木氏は「これまで問い合わせを受けた顧客は、データはすべて宝印刷のデータセンターで管理していることを説明することで納得していただいた。しかしすべてのユーザーが同様の反応だとは限らない」と慎重な姿勢を見せた。ただ「ピーク時の負荷を見込んだ設備投資が不要になると相当コストを削減できる。顧客がインターネットサービスを望んだときと同じく、また同様にクラウドを求める時代が到来するかもしれない」と期待を語ったところで、パネルディスカッションの幕が閉じた。