写真1●慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の砂原秀樹教授
写真1●慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の砂原秀樹教授
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写真2●IETFを含むインターネット関連の組織図
写真2●IETFを含むインターネット関連の組織図
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 2009年11月8日から13日まで,IETF広島会議が開催されている。IETF(Internet Engineering Task Force)はIPv4/IPv6,TCPなどインターネットで利用されるさまざまなプロトコルを標準化する国際組織。メーリング・リストでの議論のほかに,1年に3回のミーティングで標準化作業を進めている。日本でIETFミーティングが開かれるのは2回目で,2002年の横浜会議以来7年ぶりとなる(注:年3回開催されるIETF全体会合のほかに,会合の中核メンバーで構成されるミーティングもある)。

 9日には広島会議のホストであるWIDE Projectの運営委員,慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の砂原秀樹教授(写真1)がメディア向けにIETFの概要を説明した。広島会議の参加者は,9日の朝時点で1213人。そのうち実に405人が日本からの参加者だという。次点はアメリカの310人,中国の110人だ。「日本でIETFを開催するということには,『日本の技術がインターネットに対して貢献することを世界に示す』だけでなく,『日本国内のエンジニアにとって,自分たちもこういう場所に参加していくことで,世界に貢献できるのだという実感を示す』という二つの意味がある」(砂原教授)。

 IETFには,全体を統合するIESG(Internet Engineering Steering Group,インターネット技術標準化運営委員会)というグループがあり,その下に,Areaと呼ばれる八つの分野別グループがある(参考)。各Areaにはさらに細かいテーマごとに数十のWG(ワーキング・グループ)が存在する(写真2)。現在のWGの総数は約130にも上る。実際の標準化作業は,主にこのWGで議論して進められる。

 砂原教授によると,標準の世界にはデジュアリー・スタンダード(de jure standard),デファクト・スタンダード(de facto standard)があるが,IETFの標準はデファクト・スタンダードに近いのが特徴の一つだという。「IETFには『ラフ・コンセンサス・アンド・ランニング・コード』という考え方がある」(砂原教授)。つまり,まずはメーリング・リストやミーティングで,その標準について「ラフ・コンセンサス(緩やかな合意)」を得る。IETFには「多数決」の概念がないので,決定事項は「緩やかな合意」となる。

 「緩やかな合意」といってもいい加減なものではなく,「実際にはかなりタフな議論を経て決まるものが多い」(砂原教授)。ただ,最初からすべての要素をきっちり固めてしまうより,実際に動かしてから使い勝手を見て改善する余地を残した方が,現実に合った標準ができるという考え方のようだ。そこで,「緩やかな合意」を得た標準は次に実装に移り,問題なく動くかどうか確認する(ランニング・コード)。同じ標準ドキュメントから誕生した複数の実装について,トラブルを起こさず相互接続できるのかをチェックしつつ改善を図っていく。最終的に,実装しやすく性能がよいものが残ればいいというわけだ。「形式上,組織や国を代表しているような参加者も多いが,議論する際はみなエンジニアとしての立場で,技術を中心にオープンに話をする」(砂原教授)のがIETFの理想だという。

 砂原教授は今回のミーティングで議論が進みそうなテーマとして,「IPv6移行期の技術や,IPv6の運用」を挙げた。具体的には,Large Scale NATなどと呼ばれているIPv4枯渇期のアドレス共有技術や,IPv6とIPv4のトランスレーション技術などである。「IPv6自体は既に標準化されて久しいが,運用面ではまださまざまな課題がある」(砂原教授)。また,「スマート・グリッドという言葉が出てきている。こうした取り組みについて,IETFでもとりあげるべきか議論される予定だ」(砂原教授)。今後の課題としては,「インターネットの利用が広がるにつれて,IETFだけが標準を取り扱うわけではなくなってきた。例えば,現在でも無線LANの仕様についてはIEEEが担っている。今後,自動車や家電などが本格的にインターネットと連携してきたらどうなるだろう。ISO(International Organization for Standardization)など,ほかの標準化組織との連携をいっそう密にする必要があるのではないか。また,インターネットで扱うプライバシーの問題など,技術だけでは片付けられない課題がますます増えてくるだろう」(砂原教授)。