米マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOは2009年11月5日,東京都内で報道機関向け,開発者向け,顧客企業のCIO向けの会見/講演を相次いで行い,同社の戦略に関する自身の考えを示した。同社は今月中にも,プラットフォームサービスの「Windows Azure」を開始する予定。マイクロソフトがクラウドサービスを提供することによって,ITビジネスや開発スタイルが激変するという見通しを示した。

写真1●報道機関向けに会見するスティーブ・バルマー氏
写真1●報道機関向けに会見するスティーブ・バルマー氏
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 バルマー氏はまず午前中に,報道機関向けの会見を実施(写真1)。ITビジネスが今後どのように変化するのかについて,質疑応答も交えて45分強話をした。バルマー氏が強調したのは2つ。「1つのクラウドを3つの画面が使う(3 Screens and a Cloud)」というコンセプトと,「イノベーションのためには変化が不可欠」ということだ。1つのクラウドというのはWindows Azureをはじめとするマイクロソフトが提供するサービスを運用するデータセンターを指し,そのデータセンターで稼働する様々なアプリケーションを,「Windowsパソコン」「Windows Phone(携帯電話機)」「テレビ(Windows内蔵テレビまたはXbox 360のようなデバイスを接続したテレビ)」という3つのスクリーンが使用するという。

 同社が長らく収益の源としてきたWindowsパソコンも,クラウドを利用する3つの画面の1つという位置付けになるが,「クラウド&シンクライアントではない。リッチクラウド&リッチクライアントだ」(バルマー氏)とも牽制する。リッチクラウドというのは,Windows Azureには「SQL Azure」のような同社の既存ミドルウエアと同等の機能を持つサービスが存在し,他社のクラウドサービスと比べて機能が豊富であるということを指す。一方のリッチクライアントに関しては,クラウドのクライアントはWebブラウザだけがあればよいという考え方ではなく,様々なアプリケーションや周辺機器が使えるWindows 7がクラウドのクライアントとして適しているという考え方を指す。従来から同社が標ぼうする「ソフトウエア・プラス・サービス」と同じ主張だ。

パートナーに「ビジネスの再構築」を求める

 バルマー氏は報道機関を通じて,コンピュータメーカーやシステムインテグレータなどの日本のパートナー企業にもメッセージを発した。マイクロソフトは現在,エンドユーザーに対してWindows Azureなどのサービスを直接提供しようとしている。従来マイクロソフトの製品は,パートナーによる間接販売が中心だったため,大きな方針転換と言える。バルマー氏は「パートナーはビジネスを再構築する必要があるだろう」と,パートナーにも大きな影響を与えることを隠さない。さらに「イノベーションのためには変化が重要。もし変化が必要でないと言うのであれば,ITという社会に変化を与えるビジネスにかかわる必要はない」(バルマー氏)と断言し,パートナーは従来のような製品販売を中心とするのではなく,マイクロソフトのクラウドサービス上に新たな付加価値サービスを構築して販売していくべきだと重ねて主張した。

「グーグルやアマゾンのクラウドよりも高速にする」と開発者に宣言

写真2●開発者向けに講演するスティーブ・バルマー氏
写真2●開発者向けに講演するスティーブ・バルマー氏
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 バルマー氏は午後には,東京・六本木で開催した「Microsoft Developer Forum 2009」で,200人余りの開発者に対して講演を行った(写真2)。バルマー氏はここでも「1つのクラウドを3つの画面が使う」というコンセプトを示し,開発者に対して合計4つのプラットフォームをターゲットとした開発を意識するよう訴えかけた。

 バルマー氏はクラウドを強調する理由について「クラウドが未来だからだ」と力説。「米グーグルや米アマゾン・ドット・コム,米IBMのクラウドよりも高速なサービスを提供する」「(無料メールサービスのHotmailなどを含む)Windows Liveこそが,世界で最も利用されているクラウドだ」などと自社の優位性をアピールした。

 質疑応答でバルマー氏は,「なぜスピーチなどで『デベロッパー!デベロッパー!デベロッパー!(開発者!開発者!開発者!)』と絶叫するのか?」という質問に対して,「誰がITの世界でイノベーションを起こしているのかといえば,それは間違いなく開発者だ。またマイクロソフトの最初の製品である『BASIC』も開発者をターゲットとした製品だった。開発者を重視するのがマイクロソフトの文化だ」と答え,開発者を重視する姿勢をアピールした。

 また「マイクロソフト製品でお気に入りは何か」という質問に対してバルマー氏は「マイクロソフトの歴代OSの中でも最も販売が好調」という「Windows 7」だけでなく,コラボレーションツールである「SharePoint」も挙げ,「SharePointは社員が協業を行うためのツールであり,開発者にとってはその上でアプリケーションを開発できる開発プラットフォームだ」(バルマー氏)と強調した。

不況が常態となる時代の「新しい効率性」をCIOに訴える

写真3●ユーザー企業のCIOに対して講演するスティーブ・バルマー氏
写真3●ユーザー企業のCIOに対して講演するスティーブ・バルマー氏
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 夕方からバルマー氏は「Microsoft Executive Forum」で,企業や官公庁のCIO向けに講演を行った(写真3)。バルマー氏がCIOに対して訴えたのは,クラウドコンピューティングではなく「新しい効率性(New Efficiency)」というコンセプトだった。バルマー氏は「2008年以降の不況は,いずれ売上高などが従来の状態に戻るのではなく,この不況が新しい常態(New Normal)になると言われている。私もそのように感じる。New NormalにはNew Efficiencyが必要だ」と語る。不況が普段の状態となるこれからの経済環境に対応するために企業は,今まで以上にコスト削減を行わなければならないというのがその主張である。

 バルマー氏がコスト削減のツールとしてアピールするのが,Windows 7である。マイクロソフトはWindows Vista以降,「Microsoft Desktop Optimization Pack(MDOP)」というWindowsパソコンを企業ごとにカスタマイズするツールを提供している。Windows 7とMDOPを組み合わせることで,企業の労働環境に最適のWindowsクライアントが実現し,労働生産性の向上に役立つとバルマー氏は主張。アステラス製薬が2010年までに社内2万台のクライアントをすべて「Windows 7 Enterprise」に更新することなども併せて紹介した。