日経コンピュータの中田敦記者
日経コンピュータの中田敦記者
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 「クラウド・コンピューティングは単なるコスト削減の手段ではない。われわれがクラウド・サービスを使いたい理由は,従来のシステムよりクラウドで提供されるサービスのほうが,より高速で高性能だからだ」。東京ビッグサイトで開催した「ITpro EXPO 2009」展示会で2009年10月30日,日経コンピュータの中田敦記者が「データセンター視点で比較したクラウドの内側」と題する講演の冒頭で,こう切り出した。

3日で10倍に増えたユーザーに,100倍に増やしたサーバー群で応じる

 ネットワークでサービスが利用できれば「クラウド・コンピューティング」というわけではない。クラウドの本当のインパクトは全く別のところにあると,米国での取材を基に中田記者は語り始めた。

 例えば,米Googleが提供する地図検索サービスの「Google Maps」。無料で使えるとか,ブラウザで簡単に使えるから良いのではない。世界中の地図,航空写真を閲覧できる上に,ストリートビューのように街の景観まで見ることができる。「こうしたソフトをもしパソコンで使おうとしたら,ハードディスクが何テラバイトあっても足りない」(同)。

 このような高性能を享受できるのは,Googleのクラウド・サービスだけではない。中田記者はその一例として,Amazon EC2を使った米Animoto Productionsの事例を挙げた。Animotoは,動画共有サービスを提供しているベンチャー企業だ。2008年4月に自社の動画共有アプリケーションをソーシャル・ネットワーキング・サービスの米Facebook内で公開したところ,大好評を得てユーザーが殺到した。それまでAnimotoのユーザー数は2万5000人だったが,Facebookでのアプリケーション公開後,わずか3日間で25万人に急増したという。普通ならAnimotoのサイトはパンクしていただろう。しかし,同社はインフラとしてAmazon EC2を利用していた。1週間の間に,仮想サーバーの台数を50台から4000台に増やし,事なきを得た。

 中田記者は「大手企業のWebサイトであっても,ユーザーが殺到すればサービスを止めざるを得なくなることがある。だがクラウドを使っていたベンチャー企業は,ユーザー数が10倍になっても,サーバー台数を100倍にしてサービスを継続した。Amazon EC2をコスト削減のために使っていたわけではなく,“性能”を目的として使っていたから実現できた」と説明した。

巨大なクラウドを支えるGoogleの独創的なテクノロジ

 なぜGoogleなどはこうした高性能なサービスを提供できるのだろう。それは,大量のサーバーを使い,アプリケーションを並列分散処理させているからだが,クラウド専用のコンピュータを“ゼロ”から作り上げている点で,従来の並列分散処理とは一線を画すものだと中田記者は強調する。例えばGoogleは,「すでにコンピュータ・メーカーであり,ソフトウエア・メーカーである」(同)。

 Googleは,サーバーの生産台数で世界第3位になったといわれている。米Microsoft Researchのリック・ラシッド氏によれば,全世界で出荷される約800万台のサーバーのうち,約20%の150万台をMicrosoft,Google,Yahoo!,Amazon.comの4社が調達しているのではないかという。Googleは2005年からすべてのサーバーを内製(生産は委託)しているため,サーバー生産台数で世界第3位というのもうなずける。

 内製しているサーバー機の仕様にも特徴がある。Googleが自作しているサーバーはすべてバッテリーを内蔵し,停電時は当座の電力をそこから供給する。そのかわり,UPS(無停電電源装置)は使わない。UPSに蓄えた高電圧の電力をサーバー用の12ボルトへ変圧するときのロスが大きいからである。さらにGoogleは,電力消費効率の高いクラウド専用のコンテナ型データセンターも独自設計している。「つまりGoogleは,サーバーからデータセンターまでを自作して,クラウド専用のコンピュータを実現している」(中田記者)。

 1つのデータセンターにある数千から数万台のサーバーを,あたかも単一のコンピュータのように動作させるための並列分散処理ソフトもGoogleは自作している。「ソフトを外部から調達しないのは,もはやGoogleでしか開発できないから」と中田記者は説明する。Googleは分散ファイル・システムや並列分散処理に向くデータベース(キー・バリュー型データストア),並列プログラミング・モデル,そしてプログラミング言語まで自作している。中田記者は,Googleが学会で今月発表した次期データストア技術に触れ,「Googleは100~1000カ所のデータセンター,最大1000万台のサーバー群を有機的に連携させ,耐障害性の高いシステムを目指している。大きな障害が発生しても,それをデータセンター内で解消するのではなく,別のデータセンターに処理を引き継ぐことで可用性を高めようとしている」と指摘する。

Googleとそれを猛追するAmazonやMicrosoftがIT業界に“新しい波”

 この先行するGoogleを,AmazonやMicrosoftが猛烈な勢いで追いかけているという。「Microsoftもコンテナ型のデータセンターを採用し,世界に数十から数百カ所のデータセンターを設置して,可用性の高い分散並列処理を目指している。サーバー機も自社設計し,Atomプロセッサを搭載した独自サーバーを自社のクラウド・サービスに利用しようとしている」と中田記者は話す。

 「繰り返しになるが,ネットワークでサービスを利用できれば『クラウド』というわけではない。クラウドの導入目的も,単なる『コスト削減』ではなく,『高性能』を利用するためにある。中田記者は,「高性能を実現するハードやソフトで新しい波を起こしているのは,もはや既存のコンピュータ・メーカーではなく,巨大クラウド事業者になろうとしている。こうした大きなうねりがクラウド・コンピューティングである」と述べ,講演を締めくくった。