写真●登壇した国立情報学研究所の佐藤一郎教授
写真●登壇した国立情報学研究所の佐藤一郎教授
[画像のクリックで拡大表示]

 「企業情報システムのうち,他社と共通の処理はクラウド・コンピューティング上に移行する。残った,自社のコアとなる独自処理だけを自社システムで運用するとよい」――。10月28~30日に東京ビッグサイトで開催しているイベント「ITpro EXPO 2009」のクラウド・コンピューティングSpeical基調講演に登壇した国立情報学研究所の佐藤一郎教授は,自社システムとクラウド・コンピューティングを共存させる姿勢が重要になると述べた。

 冒頭,「クラウド・コンピューティングはテレビのニュース番組で取り上げられるなど,関心が急速に高まっている」と話した。ただし,言葉の定義はあいまいで,「ベンダーやインフラ提供者が自社に都合のよいように拡大解釈しているので,注意が必要だ。アプリケーションやサービス提供の枠組みであるSaaS(Software as a Service),プログラムの実行環境を提供するPaaS(Platform-as-a-Service),仮想環境などの基盤を提供するIaaS(Infrastructure as a Service)という三つの分類の,どの話なのかをはっきりさせて話を聞く必要がある」と語った。

 佐藤氏は,「ベンダー各社は現在,社内に作る小規模クラウドであるプライベート・クラウドの有効性を声高に主張している。一般の大規模クラウドであるパブリック・クラウドと連携し,プライベート・クラウドで処理しきれない分をパブリック・クラウドに任せるというのだが,それには問題もある」と指摘する。例えば,パブリック・クラウドの構築に不可欠な仮想化技術がシステムを複雑化して,管理コストを増大させるという。プライベート・クラウドは,サーバーが1000台以上ある大企業がクラウドに取り組むステップの一つと考えるのが適切だと述べた。

 米Amazonや米Google,米Microsoftなどが提供するパブリック・クラウドは,海運コンテナの中に大量のサーバーを詰め込み,それを大量に並べて規模の経済を追求したものだと説明。「大量のマシンを少人数でオペレーションして管理コストを下げている。単なる大規模データセンターとは異なり,世界各地のデータセンター間で連携を図り,データやアプリを多重化していることに特徴がある。つまり,大規模な自然災害に強い」という。

 こうしたパブリック・クラウドは通常の企業システムとは大きく異なる特性を持つ。複数データ・ストレージにデータを多重に分散保持するので,一貫性を持つ形でのデータ更新や安全性の高いトランザクション処理が難しい。佐藤氏は「少し前に,証券取引所のシステムをクラウドに載せることが可能かどうか相談を受けた。取引量によって計算負荷の増減が著しいという面ではクラウド向きであるが,データ処理にリアルタイム性と一貫性が必要なので,結局はクラウド向きではないと答えた」という。

 佐藤氏は今後,クラウドに向くシステムを積極的にクラウドに載せる動きが顕著になると見ている。「クラウド時代とはいっても,自社システムが無くなるわけではない。クラウドは選択と集中の手段として使うと最も効果的だ」と締めくくった。