写真1●スタンダード&プアーズ ヴァイス・プレジデントの佐柳恭威氏
写真1●スタンダード&プアーズ ヴァイス・プレジデントの佐柳恭威氏

 リスクマネジメント関連イベント「エンタープライズ・リスク・マネジメント 2009」で2009年9月4日,メインシアター最後のセッションに登壇したのは,危機管理アドバイザーでスタンダード&プアーズ ヴァイス・プレジデントの佐柳恭威氏と,あずさ監査法人 ビジネス・アドバイザリー事業部 マネジャーの岡部貴士氏。佐柳氏はパンデミック対策について,岡部氏はリスクマネジメントについて,実践していく上での勘所を説明した。

 「政府は感染拡大の防止と感染者の救済を最優先で考えており,まだ企業の事業存続まで手が回っていない。このため,各企業は,自らの責任で事業継続の方法を考えなくてはならない」。佐柳氏は冒頭でこう語り,企業が独自の基準でBCP(事業継続計画)を作成し,実施できるようにしておくことが肝要だと強調した。

 BCPは段階的に発展させていく必要がある。第1ステップが企業単位のBCP(Enterprise-BCP),第2ステップがサプライチェーンのBCP,第3ステップが統合的BCPである。

 企業はまずEnterprise-BCPを整備することから始める。佐柳氏は重要項目として,「縮退認定」「権限の委譲」「対策の日常化」の3つを挙げる。

 縮退とは,会社を継続させるために一部の業務の継続をあきらめること。業務の順位付け(縮退認定)がBCPを作成するうえで高いハードルになっている。「どの業務部門の責任者も,自分の担当する業務が会社にとって重要ではないと思いたくない」(佐柳氏)からだ。

 権限委譲とは,パンデミックの状況下で企業上層部が倒れた場合に事業が停止しないよう,権限を現場に移行するシナリオを作っておくこと。「現場の問題に臨機応変に対応するには,権限委譲しかない。事前に司令者の代行者順位を決めておき,上層部の人間が夏季休暇などの長い休みを取ったときに,実際に権限委譲のリハーサルをしておくとよい」と,佐柳氏はアドバイスする。

 対策の日常化についてはこう説明する。「パンデミック時に会社に出勤できない場合,在宅勤務やテレビ会議などを利用することで業務を継続することが考えられる。こうしたインフラを平常時から使用することで,パンデミック時にスムーズに移行できるだけでなく,平常業務を簡素化する副次効果もある」。

契約時にパンデミック時の条項を盛り込む

 続いて佐柳氏は,パンデミック対策検定問題の講評を行った。誤答が多かったのは,パンデミック時の契約不履行や,自宅待機や自宅勤務時の給与,通勤時に罹患した場合の労災認定などに関する問題だったという。「現行の法律には,まだパンデミックが考慮されていない部分が意外に多い」と,佐柳氏は指摘する。

 例えば,契約が完了している受託業務で,パンデミックにより納期の遅延やサービス品質の低下などが生じた場合,受託者は責任を求められるかという問題。正解は,パンデミックが起きても契約履行義務は免れない。「契約の免責条件にパンデミックが含まれるかどうかを事前に確認しておく。できること,できないことを腹を割ってよく話し合っておくことが大切」(佐柳氏)。

 労働災害に関する出題に関しても,受検者の認識と法との隔たりが浮き彫りになった。パンデミック発生時に,ある従業員が出勤を要請され,通勤途上の感染を怖れながらも最終的には出勤。その後,この従業員が新型インフルエンザに感染して死亡した場合,労働者災害補償保険は適応されるのか。

 「当然,適応されるだろうと思った人が多かったようだ。だが,正しくは,どちらとも言えない。理由は,通勤時に感染したことを証明するのが困難なためだ」と,佐柳氏は説明する。とはいえ,労災に該当しないとして切り捨てれば,労使間のトラブルになることは必至。企業のリスク担当者は,労働組合とパンデミック時の勤務規定について事前によく協議しておくべきだと,佐柳氏はいう。

トップダウンで構築,現場で実践

あずさ監査法人 ビジネス・アドバイザリー事業部 マネジャーの岡部貴士氏
あずさ監査法人 ビジネス・アドバイザリー事業部 マネジャーの岡部貴士氏

 最後に,あずさ監査法人の岡部氏が登壇し,リスク・マネジメント検定結果の講評と,リスク管理担当者が陥りやすい落とし穴について解説した。

 「リスク・マネジメントの目的を理解していない人が意外に多い」。これが岡部氏の率直な感想だ。リスク・マネジメントでは,主に企業活動の継続を阻む重要なリスクに焦点を当て,それらに対して集中的に対応策を実施する。全社的な資源の有効活用が狙いだ。しかし,個別リスクへの対応,業務の標準化など,部分的な理解にとどまっている人がまだ半数もいた。

 リスクの特定方法についての理解にも問題がある。会社にとってのリスクを洗い出すには,業界の特徴や発生原因に基づいてリスクの一覧を作成し,見えない潜在リスクを識別することが重要だ。だが,過去に起こった事故や不祥事の一覧を作ればいいと回答した人が半数近くいたという。

 「経営層がトップダウンでリスク・マネジメント態勢を構築し,現場が実践するのが本来の姿。現場の業務プロセスの中にうまくこの仕組みを組み入れ,生きたリスク・マネジメントを運用してほしい」。岡部氏は最後にこう語った。

■変更履歴
冒頭2段落目のコメント(政府は感染者を…)の一部,および,小見出し「契約時に…」に続く1段落目のコメント(常識的に考えて…)の一部を修正しました。また, 同小見出しに続く3段落目の「労働災害補償保険」を,正しい表記「労働者災害補償保険」に修正しました。 [2009/09/06 15:40]