写真●畑村創造工学研究所 代表の畑村洋太郎氏
写真●畑村創造工学研究所 代表の畑村洋太郎氏
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 「マニュアルは大切。だがマニュアルは失敗が発生する原因にもなる。マニュアルに載っていない事態が発生した時に対処できなくなるからだ。マニュアルに頼るような人物が社長になるような企業はダメだ」。リスクマネジメント関連イベント「エンタープライズ・リスク・マネジメント 2009」で2009年9月4日、失敗学や危険学を提唱する畑村創造工学研究所 代表の畑村洋太郎氏(写真)が講演。「失敗や危険を防ぐには、これまでの日本文化のようにみんなで仲良く同じことをするのではなく、各個人が自ら考える個の独立が欠かせない」と指摘した。

「危険地図」の作成が有効

 「事故が発生すると、マニュアルの徹底や訓練の強化を挙げる経営者がいる。だが、それでは全然、問題の解決にならない」。畑村氏はこう言い切る。同様に事故が発生すると「責任者を追求したり、製品ならば製造メーカーが悪いという議論になる。これもまた、問題の解決につながらない」と畑村氏は続ける。

 「表層に出てきた問題に対する解決策だけではなく、失敗や事故の裏には必ず人間の心理に基づいた行動や組織文化がある。そこまで踏み込んで打開策を打ち出さなければ、根本の解決にはならない。事故が起こった時に、ヒューマンエラーだといってしたり顔で片付けるケースが多いが、その裏には必ず組織の問題が潜んでいる」(畑村氏)からだ。

 失敗や危険の発現を防ぐために、危険がどこに潜んでいるかを示す「危険地図」を作成することを畑村氏は勧める。「危険地図はどのような危険が、どこにあるかを示すだけ。それを避けるには、どのような方法を採ればいいかは個人が考えるべきもの」と畑村氏は話す。「マニュアルは、どのような道を通ればいいかを示しているだけ。危険地図を見て個人が考えた結果、全員が同じ道を通ることになるかもしれない。それでも、マニュアルを見て全員が同じ道を通るのとはまったく異なる」と畑村氏はいう。

 「一度、自分で考えると思考回路ができる。すると次に新たな事象にぶつかっても、瞬時に以前作り上げた思考回路が動き出して、理解度が上がる」。個の独立が必要な理由を畑村氏はこう説明する。

 加えて個人が「全体観を持つことも必要だ」と指摘する。企業の場合、現場の担当者は自社の組織全体の一部の業務しか与えられない。だが実際には業務と業務の間や、組織と組織の間に関係性があり、相互に影響を与えている。これを考慮しないと失敗や危険が起こる。仕事を与える際などに「君の担当はこの業務だが、全体像はこうなっている」などと「全体観を説明することが大事だ」(畑村氏)。

 畑村氏は07年から危険学に取り組んでいる。「危険の原因を、国の補助も受けずに勝手に分析し、危険の共有を目指す」(畑村氏)ものだ。エレベータやエスカレータ、ソフトウエアといった技術関連の危険から、子供の遊具まで幅広く危険の研究をしている。

 「子供を抱っこして車の助手席に乗るといった、普段の当たり前の行動に危険は潜んでいる。行動を起こす前に危険があるということを考えてほしい」。畑村氏はこう訴えた。