慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所所長兼教授の竹中平蔵氏
慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所所長兼教授の竹中平蔵氏
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 2009年9月2日から東京都内で開催している「エンタープライズ・リスク・マネジメント 2009」で、「経済危機の本質とこれからのリスク管理経営」と題し、慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所所長兼教授の竹中平蔵氏が特別講演をした。新たに誕生する民主党政権に期待する一方で、“民主党バブル”の現状を懸念し、国民による厳しい監視が必要であるとした。

バブル状態の民主党

 自分で吹かせた風ではないので不安とリスクを感じる──。竹中氏は民主党の圧勝だった今回の衆議院議員選挙を振り返り、自由民主党からの政権交代を歓迎しつつも、このように総括する。

 小泉純一郎元首相の政権下では、今回の衆院選とは全く逆で自民党が圧勝した。竹中氏はこれと今回の衆院選を比べ、「4年前は小泉元首相が風を吹かせたが、今回は民主党が風を吹かせたわけではない。麻生首相が逆風を吹かせただけ」と指摘。自民党の自滅によって生じた逆風に乗っただけの民主党の実力と国民の期待との間には、大きな隔たりがあると分析した上で、「バブルが生じている」とした。

 民主党バブルを崩壊させないための重要点は、「民主党が掲げる“脱官僚”の政治の実現」である。脱官僚の政治を実現させるためには、特定の省庁と関連業界や団体への利益誘導を行う「族議員」との戦いをも意味する。

 しかし、「族議員を多数抱える民主党がこの議論を全くしていないのは疑問」と批判。また、各省庁の予算配分を行う財務省との協力関係に依存して脱官僚の政策を行う可能性があることから、「官僚主導の脱官僚になりかねない」と、一省庁の存在感が増大して官僚組織に歪みが生じる懸念も指摘した。

自民党は路線明確化で「強い野党」を目指せ

 これら懸念材料を抱えるものの、民主党が早期に成果を示すことに期待。「政権運営で重要なのは早期に実績を作ること。まずは年内の予算編成をまとめられるかが今後の試金石になる」とした。

 自民党にも「強い野党になってもらいたい」と提言した。「今回の自民党大敗の理由は2つある。小泉元首相が推進した改革により、既得権益を奪われた既存の支持基盤が離れたことが1つ。逆に改革を止めて、むしろ後戻りするような政策を進めてしまったことである。自民党は改革を推進するのか後戻りするのか、どちらの路線に行くかを明確にしなければならない。そのためには総裁選びは慎重に行うべき」とした。

重税国家への道が開かれた

 経済的観点から竹中氏は今回の衆院選を「日本が重税国家への道を開いた選挙だった」と総括。民主党を含むほとんどの政党が「大きな政府を目指すとマニフェストに掲げていた」ためだ。

 これに関連して、昨年秋からの世界規模の経済不況が「米国発の経済危機」「100年に一度の経済危機」とされていることに言及。「本質は世界規模でのマルチなバブルの同時崩壊で、各国がそれぞれ問題を抱えていた」と強調した。こう語るのは、経済不況の主因を他国に責任転嫁したり、危機的な経済情勢を言い訳にすることで本質を見誤り、安易に大きな政府を目指すことは結果的に将来的な国益につながらないと、竹中氏は考えているためだ。

 例えば、民主党が打ち出す、子ども一人当たり月2万6000円を支給する「子ども手当て」。これについて竹中氏は「日本は新規国債発行額が40兆円、総額1000兆円の借金を抱える。経済成長と歳出削減により、いち早く財政の健全化を目指さなければならない状況だ。子ども手当てはすごい政策だが、5.5兆円を費やし、こうした状況にさらに借金を重ねようとしている」と指摘した。

バルコニーへ駆け上がれ

 予算の無駄を徹底的に排除し、財源を確保できる可能性はある。しかし、財政状況の実態に反して理想の政策だけが先行すると、民主党バブルは崩壊し、重税国家となるばかりか、「低成長、不況、インフレとなって政情が悪化し、独裁者や軍事政権の誕生を許す未来になることさえ否定できない」と警鐘を鳴らした。

 竹中氏が指摘する民主党のバブル崩壊を阻止するためにはどうすればいいのか。バブルと分かっていても幾度となくその崩壊を止められなかった歴史について、竹中氏は米シティバンクのチャールズ・プリンス元最高経営責任者の言葉を引用する。「バブルであることは分かっていた。それでも、音楽が鳴り続けていたのでダンスをやめることはできなかった」。竹中氏は続ける。「バブルとはそういうものだ。しかし、バルコニーに駆け上ってダンスホールを見れば、冷静に状況を把握できるかもしれない」。

未熟な与党へ国民の厳しい監視の目を

 民主党は政権を担う与党として、最大の課題である脱官僚を実現させなければならない。そのためには「自民党の築いてきたものをすべて否定する未熟な政権ではなく、良いところはそのまま取り入れ、改善すべき問題に集中して取りかかるしたたかさが必要だ」。限られた時間の中で、ましてや脱官僚を実現するために困難を極めると予想される族議員との戦いの中で予算の無駄を排するためには、効率的な言動が不可欠だ。

 そして何よりも重要なことは、「私たちが選んだ政権に私たちが厳しい監視の目を向け続けることだ」。自民党への不信感をベースとして国民が選んだ民主党政権を、竹中氏は「未熟である」と繰り返す。しかし、だからと言って駄目だということではなく、「普通以上の努力を伴って実力を付けていけばいい」ともする。そのためには、国民の意思によって選出した民主党政権という歴史的な一歩を見るのではなく、むしろ「わたしたちは今後の動向を監視する義務がある」として講演を締めくくった。

■変更履歴
本文中「子ども一人当たり月2万円を支給する「子ども手当て」」とありましたが,正しくは「子ども一人当たり月2万6000円を支給する「子ども手当て」」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2009/09/02 20:30]