2009年7月16日に開催された「エンタープライズ・クラウドフォーラム」で,日本郵政,東急ハンズ,ジェイティービー情報システムの3社がクラウド・サービスに関するパネル・ディスカッションを実施。クラウドの先進ユーザーとして,Force.com,Google Apps,Windows Azureといった象徴的サービスの利点や課題について議論を交わした。

日本郵政グループ郵便局会社専務執行役員の岩崎明氏
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 パネリストとして参加したのは,日本郵政グループ郵便局会社専務執行役員の岩崎明氏,東急ハンズ IT物流企画部長の長谷川秀樹氏,ジェイティービー情報システム副社長の北上真一氏の3氏。モデレータは日経ソリューションビジネスの中村建助編集長が務めた。

 郵便局会社は米salesforce.comの「Force.com」,東急ハンズは米Googleの「Google Apps」,JTB情報システムは米Microsoftの「Windows Azure」を業務で利用するクラウド・ユーザーだ。選択の決め手と課題,そして今後の展望を軸に議論が進んだ。

選択の決め手は「スピード」「低コスト」「開発環境」

 Force.comを採用した日本郵政グループ 郵便局会社は,郵政民営化に伴い誕生した新会社。全国2万4000局の郵便局とその従業員12万人をたばねる営業代理店企業だ。Force.comによる顧客情報の分析システムなど,ユーザー数は6万を超える。世界的な大規模ユーザーである。

 岩崎氏はForce.comについて「一番の決め手は開発のスピード」とし,その理由を「新設会社でシステム要員もデータセンターもないところからのスタートだった」と説明。Force.comはPaaSとして豊富な開発環境を用意しており,「最初から要件を詰められないので,ひとまず稼働させ,後から要件を追加していった。Force.comは変更に強い。簡単なアプリケーションなら2日で作れる。最初に開発した画面は,今のそれとまったく違う」という。

東急ハンズ IT物流企画部長の長谷川秀樹氏
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 東急ハンズはメールやスケジューラといった機能を持つグループウエアとして「Google Apps Premier Edition」を採用している。

 長谷川氏が選択の理由として挙げたのは4点。1アカウント年間6000円の低価格,25Gバイトの大容量メール・ボックス,検索の速さ,そして「Google Appsは面白そう」(同氏)というものだ。「すぐ始めて,すぐに終われる。スイッチング・コストは発生するが,アカウントを作り直すだけと割り切れる。基幹系のシステムではないので,一度乗っかってみよう,というのが正直なところだった」と当時を振り返る。

JTB情報システム副社長の北上真一氏
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 JTB情報システムは,オンライン・アルバム作成サービス「TORIPOTO」を2009年1月にWindows Azure上に構築した先進ユーザー。2009年9月末までの実験サービスとして展開中だ。

 北上氏が注目したのは「初期投資ゼロ」という点だ。「本業ではないTORIPOTOは,収益に直結しないうえ,必要なストレージ容量などの見通しを立てるのが難しかった。このため初期投資が不要でスケールしやすいクラウド・サービスがなじむのではと考えた」という。

 「自社の開発者が慣れ親しんだVisual Studioが,Azureでの開発にそのまま使えた」(北上氏)ことも採用を後押しした。データベース周りのコードを一部Azure用に書き換えた程度で「ほとんどのコードはAzure用に手を入れずに動いた。商用ではさらに互換性が上がると聞いている」(同氏)。

課題は「データ」「ベータ」「ネットワーク」

 パネルの過程で浮かび上がった課題は,「データの場所」「機能が増え続ける永遠の“ベータ版”」「ネットワーク依存度の高さ」の3点である。

 Force.comを使う岩崎氏は,データの所在について「基幹系ではないものの,すべてのデータをアメリカに送っていいのか,という議論はある」とし,その解決策を模索している最中だという。「現在ローカルのシステムをパブリック・クラウドと連携させる仕組みを開発中で,データをローカルに置けるようにしたい」(同氏)。

 長谷川氏はGoogle Appsについて,「機能が勝手にアップしていくのは魅力的だが,これが内製なら安定性を考えてバージョンアップしないだろう」と,利点の裏返しとしての欠点を指摘。明確な課題は「基本的にベータであること」で,ブラウザのバージョンや言語設定で表示が崩れる不具合を経験したという。「杓子定規なユーザーには向かないのではないか。ただ半年,1年後に新機能が使えるようになる内製よりはいい」とした。

 北上氏はWindows Azureを利用するときの留意点として,英語の契約書,訴訟における現地主義,外国通貨による決済,データ消失時の対処などを挙げ,「失ってもいい部分から始めるのがベター」とした。さらに,一番大きなリスクは「ネットワーク」という。北上氏が懸念するのは「日々発生しているDDoS(分散サービス拒否)攻撃に代表されるセキュリティ面。ネットワークがセキュアにならなければ,使い続けられない」とする。