NRI常務執行役員の谷川史郎氏
NRI常務執行役員の谷川史郎氏
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 「100年に一度の不況下で見えにくいが,日本市場は,社会インフラが維持できないなど,構造疲弊が深刻化している」。2009年7月3日,東京都内で開催した「IT Japan 2009」に,野村総合研究所(NRI)常務執行役員 コンサルティング事業担当の谷川史郎氏が登壇。日本で現実化しつつある「インフラ・クライシス」の実態を示し,今後のインフラ再構築の方向性を示した。

 インフラ・クライシスとは,水道や電気,交通機関,公共機関などの社会インフラにおいて,安全性が保たれず(フィジカル・クライシス),サービス水準の低下や利用料金の高騰が起こる(サービス・クライシス)ことである。現在,すべての先進国が直面している問題だが,「特に,公共投資が削減されている日本は,より深刻な状況にある」(谷川氏)という。

 「インフラ・クライシスの原因は,国家の財政難である」(谷川氏)。日本の財政状況をみると,負債総額約800兆円と,先進国の中で突出している。さらに,一人あたりのGDPは横ばいか微減。人口は減少に向かっている。「今後,インフラ・ストックを拡大させることは不可能だろう」と谷川氏は指摘する。

 谷川氏は,「日本のインフラ・クライシスは,すでに起こっており,それは数字にも現れている」と話す。たとえば,鉄道輸送では,信号機トラブルなどの障害件数が近年急増している。これは,設備の老朽化に伴うものだという。また,犯罪検挙率の減少も「サービス・クライシスの一つである」(谷川氏)。

都市のコンパクト化と資源の地産地消が危機回避の施策

 将来にわたり,限られた予算の中でインフラ・クライシスを阻止していくためには,効率的にメンテナンスや改修ができる形で,既存のインフラを再構築することが必要だと谷川氏は考える。そのようなインフラ再構築のコンセプトとして,谷川氏は「スマート・シティ」という都市構造を提案する。スマート・シティのコンセプトは大きく2つある。「都市のコンパクト化」と「自律分散型インフラ運営」である。

 都市のコンパクト化とは,都市機能を集約して,都市の周縁部,インフラをダウンサイズすることである。「日本は人口密度が高いと言われるが,都市の単位で見ると,実は密度が低い」(谷川氏)。都市機能を集約することで,交通機関や送電設備などのインフラが小規模になり,管理や改修コストが削減できる。また,コンパクト化された都市では,カーシェアリングや宅配サービスなど,東京でしか実現できないと考えられていたビジネスが適用可能になる。

 また,自律分散型インフラ運営とは,都市内で生産したエネルギーや資源を都市内で消費する「地産地消」のサイクルを作ることだ。電力であれば,太陽光や風力で発電し,都市内に送電する。これにより,インフラの大幅なダウンサイズが実現できる。

 現在日本では,高度経済成長期に建築したインフラの多くが老朽化し,大規模な再構築が必要になっている。「インフラの老朽化を契機に,持続可能な社会インフラを再構築するべきだ」(谷川氏)。