写真●和歌山大学教育学部付属教育実践総合センターの豊田充崇准教授
写真●和歌山大学教育学部付属教育実践総合センターの豊田充崇准教授
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 幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催されている「RSAカンファレンス2009」で2009年6月10日、和歌山大学教育学部付属教育実践総合センターの豊田充崇准教授(写真)が「ネット社会を安全・快適に過ごすために学校や家庭で何をどう指導するべきか-“子どもたちの実態”と“教育”の重要性-」と題して講演した。この講演で豊田准教授は、子供たちのインターネット利用を危険にしているのは教育者の理解不足が一因と指摘する。

 「親も学校の先生もインターネットはアンダーグラウンドだと言う。だから隠れてインターネットを使っていた」。豊田准教授が実験的に実施している「ネットモラル教育」に関する授業を受けた小学生は、自身のインターネット利用環境をこう説明した。この小学生は親などの心配とは裏腹に、インターネットを使うことで独自に比較的良識あるネットモラルを身に付けていた。豊田准教授が感心すると、「インターネットを使うことで褒められたのは初めて。嬉しい」と言って微笑んだという。

隠れてインターネットを使いこなす子どもたち

 一部の子どもたちは、インターネットの有用性に着目し探究心を刺激されている。だが、身近な大人たちから“インターネットは危険地帯”と過度な注意喚起を聞かされる環境の中では、後ろめたさを感じながらインターネットの世界に足を踏み入れている。

 今や小学生のほぼ7割、中学生のほぼ100%が携帯電話やインターネットを利用している。アクセス制限など関連法整備も行われたが、「子どもたちはありとあらゆる手段でその制限を突破したり、使える機能を活用たりして携帯電話を有用な生活ツールとして使いこなしている」(豊田准教授)。親や教員の多くが忌み嫌い、国を挙げて利用を制限しようとしているインターネットを、子どもたちは独力で、あるときは友人たちと情報交換し合いながら、使いこなしているのが現実である。

 子どものインターネット利用が急速に進む中で、その影の部分として「ネットいじめ」や「学校裏サイト」などが危険視されている。実際、豊田准教授は「文部科学省は1校に1人の割合でネットいじめにあっているとの見方を示しているが、ある調査では60人程度の学級で7人がネットいじめを経験していた」と、インターネットの“影”を紹介する。

 その一方、豊田准教授は「10%程度の子どもたちがネットいじめに加担したり、出会い系サイトを通じて心無い大人と会っている可能性は調査からも分かっている。ただ、こうした10%程度の子どもたちは、そもそも心に闇を持っているといったことが多い。ネットの存在が原因となってトラブルを起こしたり、巻き込まれたりしているのではない。これはネットとは全く別次元の話として考えるべき」と指摘する。

ネットを理解できない大人たちが危険性を助長

 豊田准教授は、子供たちの10%がネットモラルやネットリテラシに欠ける一方で、25%はネットモラルやネットリテラシに長けており、残りの65%はどちらとも言えない子どもたちが占めると見ている。「10%の子どもたちは何を言っても変わらない可能性は高い。しかし、25%のネットモラルに長けた子どもたちの可能性をさらに引き伸ばし、大半の65%をいかに25%の子どもたちに近づけるかが何よりも重要。そのためにはキーボードの打ち方などのパソコン教育ではなく、ネットモラル教育の徹底が最も有効的」(豊田准教授)と力説する。

 実は、すでに約10年前から文部科学省は全国の小学校や中学校に向けて、パソコン教育ではないネットモラル教育の重要性を認識して、その教育を徹底するためのガイドラインを配布している。だが、そのガイドラインが実際の教育現場で実践されていない、あるいは一部でしか実践されていない。ネットモラル教育を徹底していない学校や教員は、文科省の方針に従っておらず、本来、教育が徹底されるべきネットモラル教育を怠っていると言える。

 豊田准教授によると、「現場の教員は中高年者が多く、インターネットやネット掲示板の意味や教育すべきポイントを理解していない」という。実際、豊田准教授が独自に入手したいくつかの小学校で勤務する教員の年齢分布の一部を見てみると、「40~50代の教員が全教員の7割以上を占め、30代は存在せず、残りは20代。しかも、20代の教員は学生時代に『携帯電話を持ち込むな』とうるさく言われる教育環境で育ってきたため、同じことを今の生徒にもする可能性が高い」(豊田准教授)。

ネットモラルを積極的に教育することが真のネット教育

 豊田准教授は、子どもたちがネットモラル教育を受けられる環境を整備することが必要と指摘する。その興味深い前例として、豊田准教授は1994年に米アップルが実施した「メディアキッズプロジェクト」を挙げる。これは、閉じた情報化社会を教育現場に構築し、その中で情報化社会におけるちゃんとしたモラルを大人たちと一緒に子どもたちが学んでいくというものである。このプロジェクト自体は数年で消滅してしまったが、こうした形で子どもたちがネットモラルを学習する段階を踏むことが今の社会にとって重要、と豊田准教授は着目する。

 「本来、現実社会で必要なモラルが教育機関で教えられるように、ネットモラルも教育機関で教えられるべきもの。だが、今の子どもたちの多くは、こうした教育を受けることなく、いきなり大人たちを交えたネット社会に放り込まれている」(豊田准教授)。豊田准教授は、ネットモラル教育を子どもたちが受けられる環境を整備した上で、ネット利用における問題解決や相談機関を地域ごとに設けて、さらにそこでも取り扱いが難しい案件を警察機関などが担当するという仕組み作りこそが、本当の意味で子どもたちをインターネットの脅威から守る有効策であると訴えた。