花水木法律事務所の小林正啓弁護士
花水木法律事務所の小林正啓弁護士
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 ユーザーの行動履歴活用で新サービスを創出するライフログ。利便性とセキュリティのトレードオフにどう折り合いを付けるのか。明確な法令やガイドラインがない現状では,事業者は及び腰にならざるを得ない。2009年4月23日に開催されたITproビジネス・カンファレンス「ライフログ・サミット2009」において,花水木法律事務所の小林正啓弁護士(写真)と,日経コミュニケーションの中道理記者が討論。法律家の視点から,ユーザーと事業者の疑心暗鬼を解く手法を探った。

 討論に当たって中道記者が挙げた論点は大きく三つ。(1)プライバシの侵害とは何か,(2)侵害したときのペナルティはどのようなものか,(3)ペナルティを受けないために何が必要か,である。ライフログの事業化を模索する多くの来場者の疑問を代弁したものだ。

明確なプライバシ侵害は「政治」や「宗教」

 (1)のプライバシ侵害は,収集行為を始めた時点ですでに始まっているという。「なぜライフログを集めてはいけないのか」という中道記者の問いに対して,小林弁護士は,「突然の暴露」と「萎縮効果」を例示した。

 突然の暴露とは「過去に学生運動に参加した事実が就職に不利に働くなど,ある日突然暴露される恐れがある」(小林弁護士)こと。プライバシ情報がネットワーク上に蓄積されるライフログでは,「現実の『小林』とは違うネットワーク上の『小林』という人格が現れる危険性がある」(同氏)とした。

 萎縮効果について小林弁護士は,「最大多数の最大幸福」という言葉で知られるイギリスの哲学者,ジェレミ・ベンサムが設計した監獄の設計思想である「Panopticon(パノプティコン)」をキーワードに説明。看守は囚人を監視できるが,囚人からはいつ監視されているかわからない状況を指したもので,常に監視を意識するため「品行方正な行動しか取れなくなる」(小林氏)という。

 中道記者が「ではユーザーの同意を得ればプライバシ侵害に当たらないのか」と質問すると,小林弁護士は「政治・宗教・信条・人種・血筋,DNAや病歴といったデリケートな情報は,ユーザーの同意を得ても(ライフログに含めるのは)不可という定義に落ち着く可能性が高い」と返答。議論の途上にあるプライバシ侵害の定義において,明確な侵害に当たる情報は収集すべきではないとの見方を示した。