写真●ITジャーナリストの佐々木俊尚氏
写真●ITジャーナリストの佐々木俊尚氏
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 「Webは今,ライフログを必要としている」---。2009年4月23日,ITproビジネス・カンファレンス「ライフログ・サミット2009」の基調講演にITジャーナリストの佐々木俊尚氏(写真)が登壇。個人の行動をデジタル・データとして記録した「ライフログ」が,なぜ今注目を集めているのか,また,プライバシー侵害などの問題とどのように折り合いをつけるべきなのかを述べた。

 「日経コミュニケーション」に“ライフログ”という言葉が初出したのは2008年秋のこと。この頃からライフログは急速に注目され始めた。その理由について佐々木氏は「Web2.0の弊害を克服しようとするフェーズに入ったため」と説明する。Web2.0によって,個人が発信する情報が格段に増加し「情報大爆発が起こった」(佐々木氏)。その結果,情報が多くなりすぎて,人々は適格な情報に到達するのに苦労している。「一人ひとりに,適格な情報をピンポイントで提供するために,個人のコンテクストを収集する必要がでてきた。これがライフログ台頭の理由だ」(同)。

政府が実現に向けて検討を開始

 「日本のIT業界にとって,ライフログ台頭の意義は大きい」と佐々木氏は考える。Web上の情報検索プラットフォームの分野は,Googleなど米国IT企業に覇権を奪われてしまった。今後,日本のIT業界が目指すべき方向は「ライフログのような,リアルの世界の情報をデジタル化するプラットフォームを実現することではないか」(佐々木氏)。

 日本政府も,ライフログのプラットフォーム実現に向けて動きつつある。政府のIT戦略本部が提唱する「国民電子私書箱(仮称)」は,国民に「通し番号(アカウント)」を持たせて,ライフログを1カ所に集約しようとするものだ。「基本的にはワンストップの行政サービスと,プッシュ型サービスを提供するためのものだが,集約されたライフログを民間企業のマーケティングなどでの利用することも想定しているようだ」(佐々木氏)。

 国民電子私書箱の特徴は「自分の情報を集約してコントロールできること」(佐々木氏)。佐々木氏は,これを“自己情報コントロール権”と呼ぶ。現在,電車の乗降情報や,商品の購買履歴など,ライフログは分散して保管されている。自分のライフログがどこにあるのか,把握できない場合も多い。国民電子私書箱によって1カ所に集約された自分のライフログを閲覧できるようになる。

 「ライフログの利用は,世界市場の中で今後の大きな潮流となることは間違いない。国民にアカウントを振ることに過剰な抵抗感を持たず,構想を推進していくべきだ」(佐々木氏)。

プライバシー侵害の批判にどう答えるのか

 ただし,国民電子私書箱のようなプラットフォームに集約されたライフログを,行政サービスだけではなく,民間企業がマーケティングに活用するとなると,人々の抵抗感は大きいだろう。ライフログの分析に基づいた情報が企業から届いたときに,プライバシーを侵害されたと感じる人もいるはずだ。佐々木は,この抵抗感を和らげるために重要だと考えることを二つ挙げた。

 一つ目は,ユーザーにとって有益な情報を的確に提供すること。例えば,ネット・ショップで本を買ったときに,「“この本を買った人はこんな本も買っています”とレコメンドされても,プライバシーを侵害されたとは,それほど思わない」(佐々木氏)。

 二つ目は,ライフログの匿名化である。ライフログをマーケティングに利用する場合,個人を特定する必要はない。「ライフログから,個人情報だけを抜いて匿名化する第三者機関を作ろうという議論もある」(佐々木氏)。

 ただし,個人情報を削除するだけでは,完全に匿名化することはできない。匿名情報であっても,複数条件で絞り込むと,個人を特定できてしまう場合があるからだ。こうした不安感を解消するために,佐々木氏が提案する対策は「常に,自分と同じ条件の人が何人いるのかをユーザーに表示しておく」ことだ。例えば,A駅を降りた人は“1万人”,A駅を降りてBを買った人は“100人”というように,条件に合致する人数をシステムで把握して管理することで,個人を特定できないようにする。

 最後に佐々木氏は,日本市場でのライフログ・ビジネスの展望について次のように述べた。「ライフログが一般に浸透してくると,“個人情報をいかに守るか”が議論になるはずだろう。しかし,医療情報のように,開示することが国民全体の利益になる情報もある。日本人は発想の転換が必要だ」。個人情報保護の連邦法を持たない米国は,ライフログ・ビジネスの分野でも先行しつつある。「このままでは,ライフログ・プラットフォームまで米国に制覇されてしまう」と,佐々木氏は危惧する。