写真1●KDDI研究所の小林亜令・特別研究員(写真:後藤究)
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写真2●視界の内外にあるモノや人の透視できる直感的なユーザー・インタフェースを指向
写真2●視界の内外にあるモノや人の透視できる直感的なユーザー・インタフェースを指向
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写真3●実空間透視ケータイでグルメ情報を閲覧するデモ
写真3●実空間透視ケータイでグルメ情報を閲覧するデモ
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 「地図や映像に仮想オブジェクトを重ねるだけがARではない。携帯電話ユーザーの中には地図を嫌う層も少なくない」。2009年2月26日開催のITproビジネス・カンファレンス「AR(拡張現実)ビジネスの最前線」において,KDDI研究所の小林亜令・特別研究員(写真1)が携帯電話を通じて視界の外にある店舗の情報などを取得する「実空間透視ケータイ」(写真2)技術の設計思想を語った。

 KDDI研究所がARの研究に取り組む背景には,「携帯の高機能化がユーザーの満足度につながっていない」(小林氏)との問題意識がある。デュアルコアにデュアルプロセッサ,数十Mバイトのアプリケーション用メモリーとリソースは潤沢になったものの,多くのユーザーが全機能を使いこなせるわけではない。

 この状況を打破するには,ユーザーが使いこなすだけにとどまらず「携帯電話が操作する対象から対話する対象になる」ことが必要と小林氏は指摘する。その対話の“話題”を提供する手段がARというわけだ。位置情報や姿勢情報などセンサーから得た動的で大量の情報を,直感的なインタフェースを通じて提供することで「ユーザーが期待する以上の情報を提示できるようになる」(小林氏)という。

お釈迦様の手のひらを目指す

 ではユーザーが期待する以上の情報とはどういうものか。現在開発中の実空間透視ケータイ端末では,自分からは建物に遮られて見えない店舗など,視界の外にあるオブジェクトの情報をズーム操作で“透視”できるようにしている。位置情報(GPS)/姿勢センサー(加速度と地磁気の6軸)を搭載する携帯電話機の向きに応じて,飲食店の評判などの情報などがポリゴン状の仮想オブジェクトとして見える仕組みだ(写真3)。

 小林氏は実空間透視ケータイの設計思想を,西遊記のエピソードになぞらえ「目指すは『お釈迦様の手のひら』。お釈迦様は孫悟空の行動をすべて把握していた。しかもそのインタフェースは手のひらで実に分かりやすい」と説明。そのためにあえて地図や実映像に仮想オブジェクトを重ねるのでなく,実映像の先を「透視」できる点を優先させたという。「ユーザーが把握したいのはモノや人。地図に相当する情報は『目の前の道路を見てください』というアプローチで事足りる」(小林氏)。

プレゼンスやカロリー消費の自動推定にも活用

 小林氏は未解決の技術的課題として「鉄筋の多い屋内での利用時と,GPSによる精度の高い位置情報が取得できないときの誤差」を挙げた。高密度の鉄筋によって地磁気を利用した姿勢センサーが影響を受ける。またGPSが使えない場合は数百メートルの誤差が出る携帯電話基地局による測地に頼らざるを得ない。「現状では基本的に屋外での利用を推奨している」(小林氏)。

 小林氏は最後に,実空間透視ケータイ以外のARに関する研究開発を紹介。各種センサーとマイクによる環境音から「自転車で移動中」といった移動状態を推測する技術や,移動状態の推測に基づく消費カロリーの自動推定技術,リアルタイムにユーザーのプレゼンス(5W1H)を解析する「センサデータマイニング」などを挙げた。「ユーザーのプレゼンスが分かれば,複数のユーザーからなる“場”のプレゼンスが取得できるようになる。場の空気に適した仮想オブジェクトの提示が今後の課題になる」と,拡張する現実の対象がさらに拡大する可能性を示して講演を締めくくった。