写真1●三菱総合研究所 情報技術研究センター 研究員の松崎和賢氏(写真:後藤究)
写真1●三菱総合研究所 情報技術研究センター 研究員の松崎和賢氏(写真:後藤究)
[画像のクリックで拡大表示]

 「ARを活用して現場に情報を残すことで,最初に来た人と後から来る人との間で情報共有が可能になる」。2009年2月26日に開催した拡張現実(AR:Augmented Reality)技術に関するITproビジネス・カンファレンス「AR(拡張現実)ビジネスの最前線」で,三菱総合研究所 情報技術研究センター 研究員の松崎和賢氏(写真1)は,災害対策システムにARを活用することによって生まれるさまざまなメリットを披露した。

 松崎氏の講演タイトルは「緊急時のAR活用を考える」。「防災・災害救助の分野でARを活用した実例はほとんどない」と前置きしながらも松崎氏は,将来,災害対策システムにARがどのように生かせるかを,既存のITを活用した災害対策システムの研究動向とともに語った。

 今回,松崎氏は「震災害」「風水害」「H5N1(新型インフルエンザ)」の三つの分野について,現状分析やAR活用の方向性などを述べた。中でも,大部分の講演時間を割いて説明したのは震災害の分野である。

 たとえば,既存の研究事例の一つとして紹介したのは,東京大学と東洋大学,東京消防庁,情報通信研究機構(NICT)と総務省消防庁消防大学校消防研究センターなどが実施している「携帯電話を利用した被害情報収集システム」。災害発生時には,適切な緊急対策を実施しようにも,被害状況を把握していないと身動きが取れない場合がある。そこで,現地のボランティアなどが携帯電話のカメラで撮影した画像を位置情報とともに送ってもらい,被害状況を迅速・正確に収集しようという実験である。

 また,NICTの「ユビキタスデバイスによる災害時情報収集・共有技術」も紹介した。電子タグ(RFID)を記憶媒体として,被災情報や現地調査結果を書き込んで現場に残し,後で現地入りした警察や消防が現場でその情報を共有することで,時間が経過したことによる状況変化を把握したりすることを可能にするものだ。

 このような研究を一通り紹介した後,松崎氏は「既存の研究にARは使われていないが,こうしたシステムにもARが使えるのではないかと考えている」と述べ,災害対策システムにおけるARの方向性を説明した。

「ARを使えば避難経路が見えるようになる」

 松崎氏がその例として挙げたのは,「ARによる経路誘導の信頼性向上」。これは,煙などによって視界が不良になった際にも,ARを使って避難経路が“見える”ようにするシステムだ。「公共空間の設計情報を利用することによって,地下街に煙が充満したような場合でも,手元のデバイスなどで出口が分かるようにできる」(松崎氏)。ただし松崎氏は,現状では公共空間の設計情報があまり生かされていないことから,まずそこから議論していく必要があると指摘した。

 また「リアルタイムモバイルトリアージ」についても,松崎氏はARを生かせると述べる。トリアージとは,緊急時におけるタグを使った治療優先順位の選別のこと。「以前発生した秋葉原殺傷事件では,指揮本部とタグを貼られた被害者の情報伝達にオーバーヘッドが生じ,例えばタグが貼られていない人が先に救助されていたといった問題があった」(松崎氏)。

 このため,無線タグを使ってトリアージ情報をやり取りする実証実験などが既に行われている。これに対して松崎氏は,ARを使ってそれを“拡張”できると主張した。「現場に最初に駆けつけた人,後から現場に来る人,そしてそれを中央から管理する人の三者間での情報共有にARが有効だ」(同)。

 最後に松崎氏は,災害対策システムにARを活用するために気をつけなければいけないポイントを二つ挙げた。一つは「社会機能維持者である現場のエキスパートの方との慎重な試験」,もう一つは「社会機能維持者の作業効率と意欲を高めるユーザー体験」。「現場で働く消防や救急の方にそっぽを向かれてしまうとARの将来はない」と自らを戒めるように語り,講演を締めくくった。