写真●特別講演に登壇したC.W.二コル氏<BR>(撮影:皆木優子)
写真●特別講演に登壇したC.W.二コル氏<BR>(撮影:皆木優子)
[画像のクリックで拡大表示]

 2008年11月13日,C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2008の特別講演に,『風を見た少年』や『勇魚(いさお)』の作品で知られる作家のC.W.ニコル氏が登壇(写真)。長野県黒姫高原にある「アファンの森」の再生活動や,アファンの森での「心の再生活動」など,自身の環境問題への取り組みを紹介した。

 ニコル氏は英国南ウェールズ生まれ。14歳で空手を始めた。17歳でカナダに渡り,カナダ水産調査局北極生物研究所の技官として海洋哺乳類の調査研究に当たった。初めて日本に来たのは1962年,同氏が22歳のとき。来日のきっかけは「柔道の黒帯がほしかったし,幻の空手というものを習いたかったから」(ニコル氏)だという。

 柔道・空手の修行のために東京に居を構えたが,17歳から22歳までを北極で過ごした同氏にとって東京は暑くて都会過ぎた。東京での暮らしに苦しんでいたときに,山が好きな大学生のグループに出会い,以降,日本の山を登りまわるようになる。「大自然で暮らした男は,時々広くて都会的なものが何もない景色を見たくなる」(二コル氏)。ある日の登山中,同氏はブナの原生林を目にし,強い衝撃を受けたという。自らをケルト系日本人と称する同氏は「ブナはケルト人の水の神様。それなのにケルト人の故郷ウェールズでは,ブナの原生林はすべて切られてしまった」という。「なぜウェールズには残っていないブナが日本には残っていたのか?」。同氏が疑問に思うのには訳がある。「ウェールズの自然は石炭産業によって荒れてしまった。だから僕は,人間がたくさんいれば自然が破壊されるものだと思っていた。しかし,ウェールズの何倍も人口がいる日本の自然は美しい」(二コル氏)。どうして日本はこれだけの自然が残せたのか?---それを考えるのが同氏のライフワークになったという。

 カナダ政府の官職を務めた後,1980年に再来日し,長野県黒姫高原で暮らし始めた。1986年に,黒姫高原の荒れた藪山の一部を購入。「アファンの森」と名付けて,森の再生活動を開始した。「それまで私は,人は残された自然を守ることしかできないと思っていたが,人が愛情をかけて整備することで森は復活することがわかった」(二コル氏)。森の再生活動について,同氏は次のように説明した。「森を放置しておくと藪になる。藪は森が病気の状態。私は黒姫の山に手をかけて,木を切ったりして,森を復活させた」。活動の結果,ヤマネやモモンガなど,22種類の絶滅危惧種が森に戻ってきたという。

 同氏は今,復活したアファンの森に,親からの虐待などで心に傷を負った子供たちを集めて「心の再生活動」を行っている。森の自然に接することで,子供たちは閉ざしていた心を開き,傷を癒しているという。「森の再生は,自然を治すだけでなく,人の心も治す力がある」(二コル氏)。講演の最後には,アファンの森の子供たちの様子が上映された。母親を慕うように木に抱きついた男の子の,小さな背中が印象的だった。