写真●丹羽宇一郎伊藤忠商事取締役会長<BR>(撮影:皆木優子)
写真●丹羽宇一郎伊藤忠商事取締役会長<BR>(撮影:皆木優子)
[画像のクリックで拡大表示]

 2008年11月13日,伊藤忠商事の丹羽宇一郎取締役会長がC&Cユーザーフォーラム&iEXPO2008最終日の基調講演に登壇した。

 基調講演のテーマは「日本の将来と経営の真髄」であるが,冒頭,丹羽会長は「将来の話以前に,今足もとで起きている世界の激変について,その発端が何か,どう解釈すべきか,日本の置かれている状況はどんなものか,話さないわけにはいかない」と述べ,1944年の「ブレトン・ウッズ会議」以来の国際通貨制度の変遷に言及した。

 丹羽会長は,世界で繰り返し発生するバブルのそもそもの発端は,基軸通貨である米ドルが金という裏付けを失ったことにあるとして,いくつかの実例を挙げた。例えば95~99年のITバブルでは,ウォール街で扱われている株価の時価総額が米国のGDP(国内総生産)の120%程に膨張した。昨今の住宅バブルでも同程度の膨張が起きているという。

 日経平均株価が3万8915円を記録した89年バブルの株価の時価総額は,当時の日本のGDPの140%に達しており,バブルの中でもかなり大きなものであったことが分かるという。

 今の日本は,GDPの511兆円に対し,株価の時価総額は約250兆円。この状況について丹羽会長は「バブル崩壊後は7割程度に落ち込むのが常。今は“ブランコ”が揺れすぎている状態と言えるが,一喜一憂するにはあたらない。ブランコはいつも揺れているもので,底無しは有り得ない。1929年の大恐慌と比較する人もいるが,世界の人口も,日本の状況もまったく違うので意味がない」とした。

 丹羽会長は,日本の産業界が足下に抱える最大の課題として「資金の枯渇」を挙げた。「信用収縮が起きている。社債はほとんどが発行延期,CP(コマーシャル・ペーパー)でもほとんど調達できない。特に深刻なのは中小企業や地方銀行だ。国民に2兆円をばらまくのもいいが,この問題を放置してどうするのかと言いたい」と語気を強めた。

日本の強みは人と技術。それしかない

 日本の将来を考えるとき,丹羽会長がもっとも憂慮しているのは人口減と少子高齢化である。現在の出生率は74年の半分になっており,労働人口が毎年30万人ずつ減っていく計算になるという。「戦後最大の経済成長を遂げたとされるいざなぎ景気を支えたのは,年間100万人ペースという労働人口の増加だった。今後20~30年の日本を考えると,すべてが団塊の世代の半分の規模になる。怖い姿だ」と語る。

 丹羽会長の提案は,国による人と技術への投資である。「日本は外国から膨大な物資を買わなければ成り立たない国であり,物資を買う金を生み出しているのは企業だ。そして日本企業の強みと言ったら,人と技術しかない。国家戦略として,勝てる人と技術を育成しなくてはならない」と力説する。

 国家戦略として技術開発や研究に集中的な投資をすれば,民間がばらばらに取り組むよりはるかに飛躍的な進歩が期待できるという。「国の競争力を高める基礎研究への戦略的投資は,国にしかできない。だが今のような分散投資ではだめだ。例えば宇宙開発には12の省庁が関係しているが,分散投資の弊害で完全に出遅れてしまった」と指摘する。

 人の育成についての取り組み不足も指摘する。「国民の2人に1人が大学卒という今の日本で,大学は完全にマス教育の場と化している。一方で企業は今,教育に非常に熱心だ。手前味噌で申し訳ないが,伊藤忠では入社4年以内に必ず海外に出すし,新任の課長にはみな短期のMBA教育を受けさせるといったことをやっている。それに比べて,国の取り組みには物足りなさを感じる」とした。

 最後に,多発する企業の不祥事に関連し,企業トップの責任に触れた。「多数決ですべてを決めていたら企業経営は成り立たない以上,社長はやはり企業の独裁者と言える。不祥事などの責任は9割以上社長にある」とした。経営者に対しては「社員をはじめ,社会の信用を得るにはとにかく言行一致だ」とアドバイス。全聴講者に向けても,「自分の今していることが,一流紙の一面に載ったらと想像してみて,恥ずかしいと思うことはしない」という心得を紹介した。