写真1●NECソフトの福嶋義弘 ITトレーニングセンター長(写真左),サイクスの宗雅彦 社長(同中央),富士ゼロックス総合教育研究所の西田亮 プロジェクトマネジメントコンサルティング部長(同右)
写真1●NECソフトの福嶋義弘 ITトレーニングセンター長(写真左),サイクスの宗雅彦 社長(同中央),富士ゼロックス総合教育研究所の西田亮 プロジェクトマネジメントコンサルティング部長(同右)
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写真2●ビジネス分析のための知識体系「BABOK(バボック)」の概要
写真2●ビジネス分析のための知識体系「BABOK(バボック)」の概要
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写真3●経営層とIT側の関心事項のズレ。このズレによる溝を埋めるのがBABOK
写真3●経営層とIT側の関心事項のズレ。このズレによる溝を埋めるのがBABOK
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 「ITpro EXPO 2008 Autumn」のメイン・シアター最終セッションでは,「BABOK上陸!そのインパクトを徹底討論する」と題したトークパネル(写真1)に,IT業界の長年にわたる課題の解決策を求めて来場者が詰めかけた。

 長年にわたる課題とは,システムの要件定義におけるユーザーとITベンダーの間にある“大きな溝”のこと。この溝を埋めるものと期待されている知識体系が,このトークパネルのテーマである「BABOK」だ。

 BABOK(バボック)とは,Business Analysis Body of Knowledgeの略で,文字通り「ビジネス分析」のための知識を体系的にまとめたドキュメントである(写真2)。カナダでの誕生から5年を経て,現在,日本語化の作業が進んでいる。

 このBABOKについて,ベンダーの立場からNECソフトの福嶋義弘 ITトレーニングセンター長,コンサルタントの立場からサイクスの宗雅彦 社長,BABOKの普及促進を図る非営利団体IIBAの立場から,日本支部の立ち上げ準備を進めている西田亮 富士ゼロックス総合教育研究所 プロジェクトマネジメントコンサルティング部長の3氏がパネラーとして登壇。モデレータである平田昌信 ITpro副編集長の疑問に答える形で討論を繰り広げた。

 討論では,BABOKを理解するうえで,大きく二つの論点を設けた。(1)ユーザー企業やITベンダー,コンサルタントにとって何がうれしいのか,(2)BABOKを使うべきは誰なのか,である。

 (1)の論点に対する回答は,「“ビジネス島”の住民と,“ソリューション島”の住民の間にある大きな溝が埋まる」(宗氏)というものだ。ビジネス島の住民,つまりユーザー企業の経営層にとってビジネスの要件定義は第一の関心事項ではない(写真3)。当然,本来ユーザー企業が果たすべきシステムの要件定義は不十分なものとなる。その結果,ソリューション島のシステム部門およびITベンダーは,溝によるズレを抱えたまま,限られたコストと時間の中でプロジェクト完遂にまい進することになる。

 そこで期待されるのがBABOKである。BABOKが浸透すれば,「ビジネスの要件定義」が定型的なフォーマットで表現され,その要件に基づいて進める「システムの要件定義」が円滑化される。

 パネラー3氏が口を揃えたのは,BABOKはユーザー企業とITベンダーにとって,要件定義における「共通語」になるということだ。

 「ユーザーとベンダーが同じ言葉でシステムを定義するのが理想」と西田氏。福嶋氏は「BABOKでは,いきなり『フレームワーク』や標準化といったITの話を対象にするのではなく,上流工程で重要な『インタビュー能力』などをベスト・プラクティスの対象としている」と指摘し,コミュニケーション力を重視する性格を評価した。宗氏は「険しくて長い道だが,ユーザーとベンダーの歩み寄りが円滑になり,今までの溝が埋まるのではないか」と結論づけた。

ユーザー企業が主体性を取り戻す武器に

 (2)の論点,誰がBABOKを使うのかという疑問に対する答えは,「上流工程の関係者すべて」ということになる。ただ,要件定義の主導権を持つプレイヤーが誰かによって,BABOKを使うべき関係者は変わってくる。

 「BABOKではビジネス・アナリストという“職種”を定義しているわけではなく,“役割”を定義しているだけだ。組織によっては,プロジェクト・マネジャーが担う場合もある。欧米ではユーザー企業が主体的に要件定義を実施するのが当たり前だが,国内ではおよそ半分のユーザー企業が要件定義をベンダーに任せている」と宗氏が指摘。BABOKへの取り組み方にもバリエーションがあるとの見方を示した。

 それを受けて西田氏が「ユーザーとベンダーが同じ言葉でシステムを定義するのが理想。アメリカでは金融機関や官公庁がビジネス・アナリストを育成しているのに対し,日本では積極的に取り組んでいるユーザーはまだ少ない」とユーザー企業に発破をかけると,ベンダーの立場から福嶋氏は「BABOKの知識体系のうち,分析に必要な基礎能力としてコミュニケーション力を対象領域としている。BABOKをプロジェクト・マネジャーやコンサルタントのスキルとして定着させたい」とした。

 現在,国内では西田氏を暫定代表として,IIBA日本支部の設立準備と日本語化を進めている。11月中旬にWebサイトを立ち上げ,12月中には正式に日本支部が発足する予定だ。

 またプロジェクト・マネジメントの知識体系「PMBOK」がPMP(Project Management Professional)という資格制度を持つように,BABOKにもCBAP(Certified Business Analysis Professional,シーバップ)と呼ぶ資格制度がある。日本語化と資格制度の運用が始まれば,いよいよ埋まらない溝の底が視界に入ってくる。

 トークパネルの最後には,西田氏が「IIBA日本支部設立に向け40名の有志が準備を進めてきたが,人的・金銭的な支援を必要としている」と協力を呼びかけた。するとセッション終了後に,来場者が西田氏のもとに押し寄せる一幕もあった。