写真●JTB情報システム 執行役員グループIT推進室室長の野々垣典男氏(左)とアップデートテクノロジー社長の板東直樹氏(右)
写真●JTB情報システム 執行役員グループIT推進室室長の野々垣典男氏(左)とアップデートテクノロジー社長の板東直樹氏(右)
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 「システム発注時に厳密な契約書を交わせば,ユーザーとITベンダーの役割分担が明確になり,無益な紛争は避けられる」--。ITpro EXPO 2008 Autumnのメインシアターで2008年10月16日,「モデル取引・契約書の活用を考える~重要性増すシステム開発の契約」と題するトークパネルが催され,ユーザー企業とITベンダーの立場を代弁するパネラー2人が「厳密な契約書のススメ」を説いた。

 最近,ユーザーとITベンダーの間では,システム開発の責任範囲やトラブルの原因などを巡って訴訟に発展するケースが頻発している。ユーザーの立場からパネラーとして登壇したJTB情報システム(JSS)執行役員グループIT推進室室長の野々垣典男氏は,その背景として「ユーザーには,『プロであるITベンダーはプロジェクト全体でリーダー役になるべき』という期待がある。しかしシステムが複雑化し,技術が多様化するにつれ,ベンダーがシステム開発全体を理解することが難しくなり,ユーザーの期待に応えられなくなってきた」と指摘した。

 ITベンダーの立場で登壇した,もう一人のパネラーであるアップデートテクノロジー(東京・港区)社長の板東直樹氏も,「ハード,OSから業務システムまでを,大手メーカーが内製化していたメインフレームの時代から,さまざまな製品を組み合わせるオープンシステムの時代に変わったことが,トラブルが増えている背景にある」と野々垣氏の指摘を補足した。

 野々垣氏は別の要因として,ITベンダーとユーザーの関係の変化も挙げた。「以前は,赤字化した受注案件があっても,『長期的な取り引きで利益を出せばいい』とITベンダーが考え,ユーザーとの良好な関係を維持する傾向があった。しかし,月次決算の導入や会計の工事進行基準の影響もあり,短期的な観点でも利益を確保するべきだと,ベンダーの意識が変わった」という。

 ユーザーとベンダーを代弁するパネラー2人は,紛争を避けるために契約書の重要性を訴える。司会を務めた日経ソリューションビジネス編集長の中村建助氏が「日本において,システム発注における契約書といえば4~5枚の簡潔なものが主流だった」と指摘したのに対し,板東氏は「日本の従来の契約書は性善説的な価値観に基づいている。しかし発想を変えて,性悪説的な価値観に立った契約書を交わすことが,ユーザーとの紛争を防ぐために必要だ」と訴えた。「最悪の状況も想定して,どちらが何をやるかを事前に取り決め,契約書に盛り込む。ここまで明確にしないと,システム・トラブルなどの不測の事態を終息させることができない」(板東氏)。

 システム発注の取り引きに関しては,経済産業省が研究会を立ち上げ,契約書のひな型を作成し,同省のホームページで公開している。2007年春に公開した「モデル取引・契約書<第1版>」と,2008年春に公開した「モデル取引・契約書<追補版>」である。パネラー2人は,研究会のメンバーとしてこの作成にかかわっている。

 モデル取引・契約書<第1版>の狙いについて,JSSの野々垣氏は「200ページにわたる分量があるが,これをひな型にして契約書をしっかりと作成すれば,確実にユーザーとベンダーの紛争は減らせる。お互いの義務と責任を明確にできるからだ」と説明。内容についても「法律家とユーザー,ベンダーの代表が知恵を集めて作成したことで,さまざまな状況を網羅した」と語った。「お互いの役割分担については,取り決めるべき項目のほかに,分担の見本例も示した。さらに紛争が起こったら,何をすべきかまで書いている。従来は裁判で争うという選択肢が一般的だったが,『ADR法(裁判外紛争解決手続き利用促進法)』に基づいて,ソフトウェア情報センターに調停を委ねる手段などを解説した」。紛争を避ける契約書の作り方から,費用のかからない紛争の解決方法まで網羅しているわけだ。

 モデル取引・契約書<追補版>については,アップデートテクノロジーの板東氏が説明した。「第1版が大企業向けや大規模システム向けを想定したのに対し,追補版は中小企業のユーザーを想定した。このため,ユーザーはITベンダーより知識が少なく不利な立場にあるとして,重要事項説明の義務や善管注意義務などを新たにITベンダーに課した。また,システム開発にパッケージ・ソフトを利用するケースも想定している」(板東氏)。重要事項説明の義務や善管注意義務の観点に立てば,ITベンダーは,顧客が判断できる材料を分かりやすく提示して,採用する製品や技術の判断を仰ぐ必要があるという。