米Googleは,米Microsoftに対する強い恐怖心から独自Webブラウザの開発に走った。Googleの創業者たちは2008年9月2日(米国時間),記者会見の席でMicrosoftの名前を出さないよう用心しながら,Webブラウザを自社開発するメリットを説明した。GoogleがWebブラウザ「Chrome」をリリースすることで,Microsoftとのあいだで繰り広げられてきた,激しさを増すパソコン・ユーザー争奪戦が新たな局面に入る。

 Google共同創業者のSergey Brin氏は,記者会見でMicrosoft関係の質問をあまりに多く受けて,「ChromeをWebアプリケーション用OSと呼ぶつもりはない」と反論した。「Chromeは,Webアプリケーションを動かすための,極めて基本的な機能を備える,高速なエンジンだ。将来は,現在よりずっと高度化したWebアプリケーションが増えるだろう。今はまだWebブラウザの処理性能がネックなので,こうした高度なアプリケーションをWeb上で使うことは非常に難しい」(Brin氏)

 さらに,Google共同創業者のLarry Page氏が「当社のサービスはすべてWebプラットフォーム上で動いている。これがうまく機能することは,当社にとって極めて重要だ」と付け加えた。

 GoogleはChromeを紹介する記者会見で,「当社の成功にとって,Webブラウザ市場で大きなシェアを獲得することは必要条件でない」というメッセージを発信した。もちろん,Chromeをリリースした唯一の目的は,ほかのWebブラウザ・メーカーに発破をかけることだ。「Microsoft Internet Explorer(IE)」や「Mozilla Firefox」などのWebブラウザが改善され,Chromeのレベルに達すれば,Googleは恩恵を被る。Webブラウザの性能が上がるとGoogleのWebアプリケーションの操作性がよくなり,最終的にGoogleの増収につながる。

 ここまでの話に間違いはない。ただし,Chromeの背後には別の真意が隠されている。そのなかでも大きな部分を占めるのは,「Webアプリケーションは,従来型デスクトップ・アプリケーションと同等の機能を持ち,同様に『実体化』する」という概念を形成することである。そのためChromeは,競合Webブラウザが搭載している当たり前の機能の多くを備えていないにもかかわらず,「Gmail」「Google Calendar」「Google Apps」などあらゆるWebアプリケーションをWindowsのショートカットからアクセス可能なデスクトップ・アプリケーション風に変えられる。この機能の目的は,従来型アプリケーションとWebアプリケーションの境界を曖昧にすることなのだ。

 さらに,こうした動きはMicrosoftに対するGoogleの執着心を思い出させる。Googleは記者会見の際,Microsoftに触れないよう細心の注意を払った。しかし,Chrome登場が1990年代中盤の「Netscape」時代に生まれた「WebブラウザはWindowsの代わりになる」という古い議論を再燃させることなど,Googleは百も承知だ。Webブラウザの自社開発を決めた一番の理由は,自社製Webアプリケーション用基盤を自分より大きなライバルの手に委ねておきたくない,というものだ。Googleは,インターネット検索だけの企業から出発し,インターネット検索,各種サービス,アプリケーションを提供する企業になりたいとしている。

 短期的には,Microsoft以外のWebブラウザ・メーカーの方がChromeに大きな脅威を感じる。例えば,米MozillaはFirefoxでIEから20%のWebブラウザ市場シェアを何とかもぎ取った。ところが,ChromeはFirefoxの技術を部分的に採用しており,Firefoxユーザーは間違いなくChromeを試してみようとするタイプの人々だ。こうした傾向は,IE利用者が大多数の一般的なWebブラウザ・ユーザーに当てはまらない。そのほかの「Opera」や米Appleの「Safari」といったユーザー数の少ないWebブラウザは,今と変わらず目立たないままだろう。大半のユーザーはChromeやFirefox,IEを使う。当然,一つだけ疑問が浮かぶ。市場シェアにどのような変化が起きるのだろうか。ChromeはFirefoxとIEのどちらからシェアを奪うだろうか。両方から奪うだろうか。