写真1●危機管理/広報コンサルタントの山根一城氏
写真1●危機管理/広報コンサルタントの山根一城氏
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 「危機管理は平時の組織作りが肝。現場と危機管理担当者が24時間体制でコミュニケーションが取れる組織で無ければ,1日5000件の電話,200人の記者の取材攻勢を乗り切れない」。「エンタープライズ・リスク・マネジメント2008」で講演した危機管理/広報コンサルタントの山根一城氏(写真1)は,来場者にこう覚悟を迫った。

 山根氏は日本コカ・コーラの元広報担当副社長としてさまざまな危機管理の矢面に立った経歴を持つ。その山根氏をして,開口一番「原則として危機は管理できない」と断言。人的ミスや内部告発に端を発する危機は,「管理」ではなく「対応」を前提に「平時から準備を行うことが大事」と前置きした。

 平時から準備した危機対応は「世間の印象に残らない。即座に誠実に謝罪して正しい対応をすると,報道の対象になりにくいからだ。90日から120日で世間から許される」(山根氏)。山根氏は危機管理の禁忌として,幹部が漏らす本音,社長不在の謝罪会見,面従腹背の謝罪,「訴訟対策で謝らない」という欧米の論理による外資系企業の対応などを挙げた。

3日間の危機対応の実例を披露

 それら禁忌の背後にあるのは,平時から危機管理のシナリオを周到に用意し,経営者に誤りや矛盾のない情報を伝える体制が整っていないことにある。「企業を襲う危機は負の超ハイスピード・マーケティング。ごまかしや逃げがあると,悪影響が分単位で急速に拡大し,制御不能となる」(山根氏)。

 山根氏は自身が経験した実例として,1988年に続発した飲料への毒物混入事件への対応経緯を明かした。最初の事件発生から3日間の動きを分単位で提示。初日13時に該当製品・メーカー名をふせた形で警察発表,14時15分に山根氏に販売会社から第一報,14時37分に通信社による記事配信,14時58分にメーカー名の特定に動く全国紙から着電と,2時間を待たずに拡大する危機の実例である。

 山根氏は15時41分に危機管理委員会を招集して情報収集と整理に尽力し,18時には関連部門・関連会社すべての情報発信を山根氏に集約する体制に移行した。翌日午前3時に広報レターを社内に発信,「新聞朝刊の配達前にシナリオを用意することで管理が可能になる」とした。

現場との24時間コミュニケーションが必須

写真2●平時から準備すべき危機対応のポイント
写真2●平時から準備すべき危機対応のポイント
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 山根氏の危機対応を支えたのは,平時からの社内コミュニケーション体制の整備である(写真2)。「情報収集の感度を上げて普段からノイズを拾う必要がある。未明や休暇中の報告に『細かいことを伝えるな』と返すと,もう情報は上がってこない。その風土を放置すると,いずれ内部告発という形で情報が外に向く。そうした連絡に『ありがとう』と言えなくてはならない」とし,24時間体制で社内のあらゆる声を聞くことが予兆の把握と内部告発の防止につながるとした。

 圧巻なのは,当時の危機管理担当である山根氏個人に情報が集中する組織を平時から作り上げていた事実だ。「危機管理の担当者は現場から生の情報を直接聞き,明確になっている事実,不明確な部分を1カ所に時系列で集約する必要がある。上司を介すると5W1Hの補完やゆがみ,責任回避によるねつ造が生じる」。

 最後に山根氏は,24時間鳴り響く携帯電話を思い浮かべる来場者に,念を押すかのように「携帯電話を過信すると足をすくわれる」と釘をさす。「電池切れ,入浴,カバンに入れっぱなしなど,携帯電話で緊急連絡しようとしても相手が出ないことがある。こうした『かけても出ない』を放置してはいけない」と呼びかけた。「連絡がつかないなら直接出向く心構えが大事。行けないなら伝書鳩,のろしを使えとまで言った」と話して講演を締めくくった。