インターネットの先にあるコンピュータリソースを利用するクラウドコンピューティングによって、企業システムはどのように変わっていくのか――2008年7月23日、東京・目黒で開催されたイベント「SaaS & エンタープライズ2.0 フォーラム2008」において、パネルディスカッションが行われた。パネリストはセールスフォース・ドットコムでプロダクトマーケティングを担当する榎隆司 執行役員、マイクロソフトの大場章弘 執行役デベロッパー&プラットフォーム統括本部長、楽天の森正弥 開発部楽天技術研究所所長、ITpro編集部でクラウドコンピューティングを取材している中田敦記者の四人。
セールスフォース・ドットコムの榎執行役員は「クラウドによって、今までITインフラの構築や運用に多くの時間を割いていたCIO(最高情報責任者)の役割が変わる」と語り、「従来のCIOはチーフ・インフォメーション・オフィサーではなく、チーフ・インフラストラクチャー・オフィサーだ」と会場の笑いを誘った。「CIOの本来の仕事は戦略立案やイノベーションをもたらすこと。クラウドはこの手助けができる。CIOのIの意味する内容は今後、インフラからインフォメーション、イノベーションへと変わっていくだろう」(榎執行役員)。
マイクロソフトの大場執行役は「企業システムが一気にクラウドに移行することはありえない。一番重要になるのは、クラウドを利用すべき部分と今持っているIT資産を利用すべき部分を見極めること。業種や競合など、経営環境によって取るべきバランスは異なる」と指摘した。一例として、ある大学でのクラウドの利用状況を挙げ「高いセキュリティが必要な教員間のやり取りなどは既存資産で、卒業生同士のコミュニケーションなどはマイクロソフトのWindows Liveを利用している」(大場執行役)。
楽天の森所長は「企業において、クラウドの利用が適している分野は2つある」とした。一つは「よく言われるように、基幹系ではなく影響の少ない情報系で導入する形」(森所長)。もう一つは「これから始める新規事業で利用する形だ。その事業がどのような成長軌道を描くか分からないような場合は、インフラを柔軟に変更できるクラウドの利用価値は大きい」(同)。
ユーザー企業である楽天の立場はほかの2社とは異なるが、森所長は「クラウドをどのように使うかと同時に、どのように提供するかも考えていく」とクラウドを提供する可能性があることを示した。楽天はこれまで手がけてきたネットサービスのシステムをすべて内製してきた経緯があり、抱えているエンジニアの数も現在約600人ほどという。「現在は『ジャングル』という名称で社内クラウドコンピューティングを実践している最中。エンジニアはジャングルを使って社内の生産性向上のためのツールなどを開発している」(森所長)
今後のクラウドにおける戦略についてマイクロソフトの大場執行役は「Exchange ServerやSQL Serverといった既に実績のあるプラットフォームをサービスの形で提供する」、セールスフォース・ドットコムの榎執行役員は「提供するSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)を、CRMだけでなくコンテンツ・マネジメントの機能を加えるなどしていきたい」とした。
ITpro編集部の中田記者はクラウドによる影響について「クラウドにはいろいろ面があるが、ソフトウエアベンダーへの影響に注目している。今までソフトベンダーがソフトを販売しようとしたら、ディスクに焼いたり販路を開拓したりと、様々な手間が必要だった。だがクラウドを利用すれば、全世界のユーザーに対して簡単に販売できるようになる」と語った。
楽天の森所長はユーザーの立場からクラウドについて「今の状況はOSS(オープンソースソフトウエア)を使うかどうかで議論が起こったケースと似ている。クラウドもOSSと同じで使いこなすことができる人材を確保したり、教育体制を整えていくことが必要だろう」と指摘した。