写真1●立命館大学MOT大学院で教授を務める田尾啓一氏
写真1●立命館大学MOT大学院で教授を務める田尾啓一氏
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写真2●2007年における“親企業集中度”とROAとの相関グラフ
写真2●2007年における“親企業集中度”とROAとの相関グラフ
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ERMにおける情報の流れ
ERMにおける情報の流れ
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 「企業が生き残っていくためには、リスクをとってリターンを得る“攻め”の経営が必要。ところが、本来であればリスク許容度を高めるはずの連結経営は、現実にはリターンを生んでいない。ここにERM(エンタープライズ・リスク・マネジメント)の需要がある」---。

 2008年6月13日、立命館大学MOT大学院教授の田尾啓一氏は、東京国際フォーラムで開催された「After J-SOXシンポジウム2008」で講演。企業が取り組むべきリスク・マネジメントのあり方について説いた。

 田尾氏はまず、近年、持株会社化や分社化などによる連結経営へと移行する企業が増えている点に触れた。連結化が進む背景には、企業を取り巻く環境の大きな変化がある。すなわち、連結財務諸表の開示による企業価値の向上が重視されるようになったことや、新規ビジネスへの参入や既存ビジネスからの撤退を子会社の株式売買によって実現する手法が一般的になってきたこと、である。

 では実際に、分社化は企業経営にどのような影響を与えているのか。田尾氏はその調査結果を紹介した。具体的には、一部上場の製造業で資本金100億円以上の401社を対象に、統計分析を実施。“親企業集中度”(連結資産に占める親企業単体の資産)と、ROA(Return On Assets、総資産あたりの営業利益率)の相関関係を調べた。

 すると、まず2007年(単年)のデータでは、親企業集中度とROAには明確な相関が見られなかった(写真2)。つまり、集中度が低い(連結経営により分散化が進んでいる)企業ほどROAが高い、といった傾向はない。

 さらに、2000年から2007年にかけての推移を見ると、集中度を低くした(連結経営によって分散化を進めた)企業264社よりも、むしろ集中度を高めた企業137社の企業の方が、ROAの平均値が高かった。

 この結果から見えることは、連結経営への移行が必ずしもグループ全体の収益性を高める結果につながっていない、むしろ弊害が大きい、ということである。ここにERMの需要がある、と田尾氏は説く。

 田尾氏は、ERMにおいて重要なポイントを「戦略リスク・マネジメント」と表現する。ERMの適用によって連結経営に伴う弊害を克服し、連結経営が本来備えているメリットを最大限に引き出せるようになるからだ。

 J-SOXの場合は、正しい財務報告をするという、“守り”のリスク・マネジメントだった。これに対して、ERMはアップサイド・リスク、すなわちビジネス機会を考慮に入れた“攻め”のリスク・マネジメントでもある。リスクをとるからこそリターンも生まれる。これは経営そのものだ。「攻めと守りが混在したリスク・マネジメントが重要であり、そのためのフレームワークを提供するのがERMの役割」(田尾氏)なのである。

 こうした戦略リスク・マネジメントのためのフレームワークを提供しているのが「COSO ERM」である。J-SOXの「COSO 内部統制フレームワーク」と大きく異なるのは、リスク・マネジメントの目的として「戦略」を含む点だ。さらにCOSO ERMには、どれだけリスクをとってリターンを得るか、という攻めの経営の考え方が反映されている(写真3)。

 こうしたポートフォリオ(組み合わせ)によるリスクの把握が重要、と田尾氏は指摘する。「本来、連結経営を進めればグループ全体でリスクを吸収しやすくなる。これにより、リスクの許容度が高まって“攻め”の一手を打ちやすくなるので、企業価値の増大につながる。ここにコングロマリット(複合企業)・プレミアム(優位性)がある」(田尾氏)。