写真●JR東日本の椎橋章夫氏
写真●JR東日本の椎橋章夫氏
[画像のクリックで拡大表示]

 「Suicaのシステムは単なる交通インフラにとどまらない。社会インフラに進化していく」――JR東日本(東日本旅客鉄道)でSuica事業の責任者を務める椎橋章夫氏(理事 IT・Suica事業本部 副本部長 企画部長,写真)は,6月4日東京都内で開催された「ITアーキテクトのためのシステム設計フォーラム」(日経SYSTEMS主催,創刊2周年記念セミナー)の特別講演でSuicaの今後の展開について,こう語った。「JR東日本のIT・Suica事業戦略」と題した講演では,(1)Suicaシステムは高性能が必要なこと,(2)同じく高信頼性が求められること,(3)今後のSuica展開戦略について説明した。

性能不足に陥る可能性があった

 まず(1)については,改札機の読み取り性能とSuicaの残額データを処理するセンター・サーバーのトランザクション処理性能を例に挙げた。Suicaの改札機はSuicaを歩きながらかざすため,磁気式の改札機よりも利用者の通過時間が短いという。磁気式と同じ読み取り時間がかかったのでは,利用者が改札機に集中してしまう。そのため,「磁気式だと0.7秒まで許された処理時間が,Suicaシステムは0.2秒と短い時間で処理できる性能にしてある」(椎橋氏)。

 センター・サーバーは,改札機でのSuica読み取りとは非同期ながら,1日当たり2000万件の残額データを処理するサーバーだ。椎橋氏はある銀行の1日の処理件数140万件,カード会社の1日の処理件数12万件といった数字を引き合いに出し,いかにSuicaのセンター・サーバーが高負荷であるかを強調した。

 このセンター・サーバーは現在,1日3000万件の処理に耐える設計にしている。2007年3月のPASMOとの相互利用開始を想定し,2006年1月に増強したものだ。ここで椎橋氏はあやうく性能不足に陥る可能性があったという秘話を明かした。同社では当初,相互利用開始までは1日の処理件数は800万件だったので,倍の1600万件を処理できるようにすればいいと考えていた。しかし余裕を持たせる必要があると考えを改め,3000万件の処理に耐えるように変えたという。「結果的には正しい判断だった」と椎橋氏は苦笑する。

3層構造で運用継続

 (2)の信頼性については,Suicaシステムを3層構造にしている点を強調した。3層とは,改札機,券売機,コンビニでの決済端末といった「端末系」,駅に設置するサーバーおよび上位のセンター・サーバーと接続するためのネットワーク網を指す「ネットワーク」,SuicaのID管理や残額データの処理を受け持つ「センター・サーバー系」である。この仕組みにすることで,システム障害が発生しても運用に支障が出にくいという。

 例えば改札機は,その場では駅サーバーやセンター・サーバーとの通信をする必要がなく,Suicaと改札機間で完結して運賃計算する仕組みになっている。そのため,駅サーバーやセンター・サーバーに障害が発生しても,利用者に支障が出ない。

用途が広がるSuica

 (3)の今後のSuica展開戦略について,椎橋氏はパーソナル戦略,提携戦略,端末戦略,チャージ戦略の四つを紹介した。パーソナル戦略は,モバイルSuicaを使った新幹線特急券購入サービスやクレジット・カード一体型のSuica発行による顧客の囲い込み。提携戦略では,三井住友銀行,三菱東京UFJ銀行,ビックカメラ,日本航空と提携したクレジット・カード発行で,Suicaの利用者増を狙う。端末戦略は,Suicaだけでなく,EdyやiD,WAONなどの他社の規格も利用できる端末の開発を指す。最後のチャージ戦略は,オートチャージやモバイルSuicaでのチャージといったチャージ手段の増加を目指すという。

 最後に椎橋氏は,「始めは鉄道の切符代わりだったSuicaが,重要な決済手段となりつつある。社会インフラとの自覚を持って,セキュリティの強化や信頼性の向上を続けていく」と語った。