2008年5月3日(米国時間)。3カ月にも及んだ米Microsoftによる米Yahoo!買収の動きは,ついに「買収断念」で決着した(関連記事:【速報】Microsoft,Yahoo!への買収提案を撤回)。MicrosoftがYahoo!を買収しようと目論んだ唯一の目的は,米Googleの追撃であった。Yahoo!買収を断念した今,MicrosoftはGoogleに追いつけるのだろうか?

 MicrosoftのCEOであるSteve Ballmer氏が,Yahoo!のCEOであるJerry Yang氏に送った公開書簡(関連情報:Microsoft Withdraws Proposal to Acquire Yahoo!)は,様々な意味で示唆に富んでいる。Yahoo!買収を提案した際には,Googleの「G」の字も表に出さなかったBallmer氏が,今度はGoogleの名前を連呼しているからだ。

 Ballmer氏は書簡の中で,Microsoftが買収提案を撤回した理由として,Yahoo!が「敵対的買収」への対抗策として検索広告をGoogleにアウトソースしたことを挙げている(Yahoo!は2週間の期間限定で,Yahoo!の検索結果ページにGoogleのキーワード広告を掲載する実験を行った)。Ballmer氏はYahoo!のこのような対抗策が,Yahoo!の価値を下げ,Googleを利していると批判する。

 「第一に,広告主に対してYahoo!の新検索広告システム『パナマ』ではなく,Googleの広告システムを使うように仕向けることは,Yahoo!の戦略や長期に渡る存続可能性を根本的に脅かすだろう。このこと(Googleへのアウトソーシング)は,Yahoo!の検索広告やディスプレイ広告(バナー広告)と,それらに付随するエコシステムを破壊することにもなる。また,ディスプレイ広告がYahoo!の将来の収入源になるという主張に,疑念を生じさせるだろう」(Ballmer氏)。

 「Googleへ広告をアウトソーシングすれば,広告システムを開発している有能なエンジニアがYahoo!を離れることになる。われわれがYahoo!を買収する狙いは,有能なエンジニアを確保することにあった」(同)。

 Ballmer氏は,Googleへの広告のアウトソーシングがYahoo!の広告システムを崩壊させ,Googleの寡占が強化されることを懸念する。その上で,GoogleのライバルとしてのYahoo!が消滅しないように,買収提案を撤回したと述べる。つまりYahoo!の採った焦土作戦は,見事にその目的を達したと言えるだろう。

「規模の経済」の本当の意味

 「MicrosoftとYahoo!が争っても,Googleを利するだけだ」と判断したMicrosoft。しかし「Google追撃」は,Yahoo!無しで果たして実現できるのだろうか。

 そもそもMicrosoftは,Yahoo!を買収する理由として「規模の経済(効果)」を挙げていた。これはつまり,「シェアの高い検索エンジンやメディアの方が,より高い広告価値を持つ」ということである。しかし,MicrosoftがYahoo!を買収することによって得られる「規模の経済」には,広告以外の側面もあったはずだ。

 「規模の経済」が働くもう1つの分野。それは「クラウド・コンピューティング」である。

 Microsoftがこれまで戦ってきたパッケージ・ソフトウエアは,「優れたソフトウエアを安価に販売すれば,ユーザーはそれを買ってくれる」というビジネスだった。しかし,ユーザーが「サービスとしてのソフトウエア(SaaS)」を求めるようになった現在の世界では,どれだけ優れたソフトウエアを開発しても,それだけではユーザーはソフトウエアを選んでくれない。

 例えば,どれだけGoogleの「Gmail」や「Google Maps」が,優れた機能やユーザー・インターフェースを備えていたとしても,ユーザーの操作に対する反応があれほど速くなければ,今ほどのユーザーの支持は集めなかったはずだ。つまり,サービスとして提供されるソフトウエアの優劣は,そのソフトウエアを提供しているハードウエアやネットワーク(コンピュータ・クラウド)の優劣も含めて判断されるのである。

 今日,他社よりも優れたソフトウエア・サービスを提供するためには,他社よりも優れたコンピュータを運用する必要がある。そして,プロセッサ単体の処理性能やハードディスク単体のI/O性能が頭打ちにある現在,コンピュータの性能を上げるためには,並列度を上げる(より多数のコンピュータを使用する)必要がある。つまり,より巨大なコンピュータ・クラウドを運用している企業こそが「最高のソフトウエア提供企業」になるのが,クラウド・コンピューティングの世界なのだ。

 Microsoftが今後も,ソフトウエア産業の支配者でありたいのであれば,どうあっても「Googleよりも巨大なコンピュータ・クラウド」を運用する必要がある。だからといって,ただ闇雲にデータセンターを建造しても仕方がない。建造したデータセンターに見合った用途や収入が必要である。だからこそ,Yahoo!のような巨大ソフトウエア・サービス提供企業を取り込む必要があったのではないだろうか。

 GoogleやMicrosoftといった「コンピュータ・クラウド」を運用する企業のデータセンターは,それ以外の企業のデータセンターとは,全く異なるものになりつつある。Googleは,自社でプロセッサやメモリーなどの部品を調達してサーバー・ハードウエアを自作していると伝えられているし,最近では10Gビット・イーサネット・スイッチの自社製造も開始したとの報道がある。Microsoftは開設したばかりの米国シカゴのデータセンターで,サーバーの格納にラックではなく「コンテナ」を採用した(関連記事:Microsoftが自社の「クラウド」を説明,ラックから「コンテナ」に移行)。

 他とは設計思想が異なるこれらのデータセンターは,従来のものよりも処理性能当たりのコストや消費電力量が低いはずだ。データセンター自体に,「規模の経済」が働いている可能性があるのだ。

Amazonには3年,Googleには1年遅れ

 米Amazon.comが「Amazon EC2」や「Amazon S3」という,「自社のコンピュータ資源を貸し出すサービス」を提供している理由や,Googleが「Google App Engine」という同様のサービスを開始した理由も,規模の経済に求められるのではないだろうか。他社の需要を取り込んで自社のコンピュータ・クラウドを巨大化できれば,それが自社の競争力強化に繋がるという発想だ。

 その点でも,MicrosoftはAmazonやGoogleに大きく後れを取っている。Microsoftは2008年3月の「Microsoft MIX 08」という開発者イベントで,「Amazon S3」にそっくりなデータ・サービス「SQL Server Data Services」を2009年に開始すると発表した(関連記事:「全既存製品をネットによって作り変える」,MicrosoftのRay Ozzie氏が「MIX 08」で宣言)。しかし,Amazon S3が始まったのは2006年3月である。また2008年4月には,Google App Engineを通じてGoogleの巨大分散データベース「Bigtable」を第三者が利用できるようになった。Microsoftの動きは,Amazonに比べて3年,Googleには1年は遅れていることになる。

 米国企業を中心に,ユーザー企業の視点がクラウド・コンピューティングに集まりだした現在,Microsoftに残された時間は限られている。Yahoo!の取り込みを断念したMicrosoftが,どのようにして自らの規模を拡大させるのだろうか。新しいサービスを生み出すのか,それともYahoo!以外の「ソフトウエア・サービス提供企業」を取り込もうとするのか。次の1手は,Microsoftにとって重いものになるはずだ。