写真●米O'Reilly Mediaの創業者兼CEOであるTim O'Reilly氏
写真●米O'Reilly Mediaの創業者兼CEOであるTim O'Reilly氏
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 「企業にとってのWeb 2.0の適用とは,ユーザーの集合知によって,企業の行動やあり方を変えることだ」--米O'Reilly Mediaの創業者兼CEO(最高経営責任者)であるTim O'Reilly氏は2008年4月23日(米国時間),「Web 2.0 Expo」の基調講演でこう指摘した(写真)。O'Reilly氏は基調講演を通じて「Web 2.0とは単なる技術の流行ではなく,長期的な社会の変化を指すようになった」と語った。

 O'Reilly氏は「Web 2.0 Expo」の基調講演で,「Web 2.0は終わった」といった見方を否定し,「集合知」がWebを変えたように,今後は企業や社会を「集合知」によって変えていくべきである--と主張した。O'Reilly氏のWeb 2.0に対する見解と,氏が示した「これからのWeb 2.0」を詳しく紹介しよう。

 O'Reilly氏はまず,「『景気後退でWeb 2.0は終わった』と言われているが,そうではない」と指摘する。O'Reilly氏によれば,そのように主張する人たちは,Web 2.0のとらえ方自体が違うのだという。「ベンチャー・キャピタルのアナリストが言う『Web 2.0的企業』とは,動的なユーザー・インターフェースを備えたアプリケーションやポッドキャスト,Wiki,ブログなどを提供している企業なのだという。しかし,それらはWeb 2.0の部分であって,本質ではない」(O'Reilly氏)。

 O'Reilly氏は,Web 2.0がもたらした変化は,大きく3つあると主張する。1つ目は「インターネットがグローバル・プラットフォームになり,あらゆるデバイスが繋がるようになった」ということ。2つ目は「集合知(Collective Intelligence)が,世界や企業をより賢明にした」ということ。3つ目は「コンピュータ産業のルールを変え,ソフトウエアではなくデータこそが重要だと明らかにした」ことだという。

 「Web 2.0による変革は,もう終わりだろうか。そうではない。我々にはまだ,やるべきことがあり,機会がある」。O'Reilly氏はこう語りかけ,Web 2.0に関しては,3つの「やるべきこと」があると主張した。

O'Reilly氏の語る「Enterprise 2.0」とは?

 O'Reilly氏が最初に挙げる「やるべきこと」が,「Web 2.0のエンタープライズ(企業への適用)」つまり「Enterprise 2.0」だ。といっても,これは「企業内でWeb 2.0的な技術を使う」ことではない。それどころかO'Reilly氏は「Googleのような『2.0』企業と,銀行のような『1.0』が有するシステムや技術的な要素,そこで行われているデータ処理は,全く同じだ」と強調する。

 つまり,Googleも銀行も超巨大データ・センターを備え,顧客(ユーザー)から大量のデータを集め,顧客(ユーザー)の行動分析を実行している。技術的な要素では,Googleと銀行に変わりはない。Googleと銀行で異なるのは,「ユーザーから寄せられたデータを使って,ユーザーが利用するサービスをリアルタイムに変化させているかどうかだ」(O'Reilly氏)。

 つまりO'Reilly氏は,Web 2.0の企業への適用は「集合知をどう活かすか」だという。O'Reilly氏は,「Googleは,ユーザーから寄せられる知恵を使って,サービスを即座に変えている。(同社の検索結果におけるページの重要度を決める)『Page Rank』がまさにその象徴だ。GoogleのPage RankがWeb 2.0の始まりであり,検索のブレークスルーだったように,企業のバックオフィスをユーザー(の知恵)に開放できるかどうかが,これからの企業の優劣を左右するだろう」と力説する。「Web 2.0は,企業をネットワーク市民に変える取り組みだ」(O'Reilly氏)というのだ。

コンピュータ・クラウドは既に「OS」そのもの

 O'Reilly氏が「やるべきこと」の2つ目に挙げたのは,「クラウド・コンピューティング」だ。O'Reilly氏はまず,2001年の「O'Reilly P2P and Web Services Conference 2001」の基調講演でClay Shirky氏が述べた「米IBMのThomas Watson氏が(1940年代に)述べた『世界にコンピュータは5台しかいらない』という発言は,完全に間違っていた。なぜなら彼は,台数を4台も多くカウントしていたからだ(つまり,世界にはコンピュータは1台しかいらない)」という発言を改めて引用した。

 その上で「グローバル・コンピュータに接続されていなければ,各デバイスには何の意味もない」(O'Reilly氏)と,インターネット上にあるコンピュータ・クラウドこそが世界で唯一の重要なコンピュータであり,「Cloud does really matter(クラウドこそが重要だ)」と強調した。

 2001年当時から指摘されていた「インターネットこそがOSである」という考え方は,米Amazonの「Amazon Web Services」や,米Googleの「Google Apps Engine」のようなサービスが登場して,いよいよ現実のものとなった。

 O'Reilly氏は,「Amazon Web Servicesに関しては,Amazon EC2で利用できるユーザー・インターフェースを提供する米RightScaleや,EC2を使って『Ruby on Rails』のサービスを提供する米herokuのようなベンダーが現れている。このようなエコ・システムが存在すること自体が,彼らのグローバル・コンピュータがOSになったことを示している」と語っている。

重要なのはソフトウエアではなくデータ

 起業家は今後,AmazonやGoogleが提供する「インターネットOS」の上で,アプリケーションを開発していくことになる。アプリケーションを開発する上で重視すべきなのは「ソフトウエアではなく,データだ」(O'Reilly氏)という。その理由をO'Reilly氏は,「(SNSの)Facebookと(ブログ・ツールの)WordPressは,どちらも似たような技術であり,サイトの訪問者数も変わらないのに,企業価値に大きな差が付いたのはなぜか?(Facebookの方が圧倒的に高い)。それは,Facebookにユーザーのデータがあったからだ」と述べている。

ソフトウエアを単体のデバイスで使う時代は終わった

 O'Reilly氏が最後に挙げたのが「モバイル」だ。「ソフトウエアが単体のデバイスで動く時代は終わった。デバイスはクラウドに接続して,ソフトウエアを使う時代になった」とO'Reilly氏は語る。その動きの例として,O'Reilly氏は米Microsoftが同日公開した,Webストレージを通じて各デバイスでデータを共有する「Live Mesh」を取り上げ,「Microsoftもパソコンに限らない様々なデバイスに対応しようとしている」と指摘した。

 また「モバイルは,携帯電話のことではない」(O'Reilly氏)とも指摘する。例えば最近は,LinuxベースのGPS付きナビゲーション・システム「dash」が米国で人気だ。携帯電話に限らない様々なネット接続デバイスが登場し,それらに搭載されたセンサーがさらにデータを生み出そうとしている。そういったデバイスのセンサーが集めたデータが人間生活を助けてくれるようなシナリオを,O'Reilly氏は「アンビエント・コンピューティング」と表現する。「われわれは今,パーソナル・コンピュータ時代から,アンビエント・コンピューティング時代への変化を目撃している」とO'Reilly氏は語る。

高い理想に向かって進め

 基調講演の最後にO'Reilly氏が主張したのは,「高い理想を持って進め」ということだ。「ビジョナリ・カンパニーは,高い理想を持って恐れずにゴールに進んできた。Microsoftも『すべてのデスクと家庭にパソコンをもたらす』というビジョンを持っており,彼らはそれを成し遂げた。Googleには『世界中の情報を整理する』というビジョンがあるが,それは実現されただろうか?否だ。Googleも,これからまだ進まなければならない」と,O'Reilly氏は「われわれは,まだ先に進まなければならない」と力説する。

 とはいえ,目新しい技術を開発したり,面白いコミュニケーション・ツールを作ったりすることだけが「前に進む」ことではない。O'Reilly氏は「集合知でWebを変えたように,これから世界を変える,政治を変えることを考える時期に来た」と語り,Creative Commonsの創設者であるLawrence Lessig氏が始めた「Change Congress」のような,ネットの力で政治を改革しようとする動きを紹介。Web 2.0の原動力である「集合知」の適用対象が,ネットだけでなく広く社会全体に広がっていると強調した。