写真●危機管理総合研究所 研究所長の小川和久氏
写真●危機管理総合研究所 研究所長の小川和久氏
[画像のクリックで拡大表示]

 「古代中国の戦略の書に『孫子』がある。ところが,日本では長きにわたって孫子が誤読されてきた。これではダメだ。敵を知る前に己を知らなければ,日本に情報セキュリティはない」---。危機管理総合研究所の研究所長である小川和久氏は2008年4月23日,「RSA Conference Japan 2008」の基調講演に登壇し,孫子を貫く合理主義が重要との見解を示した。

 小川氏は,まず,セキュリティを考えるためには論理的思考を持たなければならないと説く。論理的思考のための教科書とも呼べる書が,古代中国の戦略の書である孫子だが,我々は孫子の真のメッセージを知らなければならないという。

 孫子の言葉の1つに,「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」という言葉がある。だが孫子のメッセージでは,その次に「彼を知らずして己れを知れば,一勝一負す」と続くのだという。つまり,敵のことを知らなくても,自分のことを知っていれば半分は勝てるということを意味する。「まずは自分のレベル/能力を正確に把握することが重要であり,己の力が分からない状況で情報だけを収集してもダメだということだ」(小川氏)。

 もう1つの有名な言葉に「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という言葉もある。この意味も,あまりよく知られてこなかったと小川氏は指摘する。意味は大きく2つあり,戦うことで相手に敵対心が残ることがリスクになるという意味と,圧倒的な力を差を所有することで相手の戦う意思を無くすという意味だ。いずれにせよ,「できるだけ戦わずに済むようにすることが重要だ」(小川氏)。

 小川氏は,孫子のメッセージを実際の日本の国益に照らし合わせて,目的達成の指針を示して見せた。まずは,国益のための論理的思考とは,「安全なくして繁栄なし」ということ。世界が平和でなければ日本の安全は確立せず,日本の経済的繁栄も存在しないのである。そして平和構築のためには,3つのアプローチが必要になるとした。(1)公衆衛生的アプローチ,(2)予防医学的アプローチ,(3)対症療法的アプローチ---である。

 対テロ活動において,この3つのアプローチは,具体的には以下のようなものになると小川氏は語る。

 まず(1)の公衆衛生的アプローチは,テロ活動の背景になり得る貧困対策。発展途上国の進歩のために地道に協力し,経済的な援助を長期的に続けることだという。(2)の予防医学的アプローチは,テロ集団に関する知識を付けるということ。また(3)の対症療法的アプローチは,2つの柱で成り立つのだという。1つは抗生物質やワクチンを配備するなどテロリストのやる気を削ぐ抑止効果。もう1つは,復興支援などの活動。秩序のない国に対しては,まずは危険に耐えられる軍事勢力が介入し,暴力の連鎖を断ち切る。その後に民間にバトンタッチすることが大事なのだとした。