米MicrosoftのChief Software ArchitectであるRay Ozzie氏
米MicrosoftのChief Software ArchitectであるRay Ozzie氏
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 「Microsoftのサービス戦略は2つに集約される。1つは広告ビジネスを立ち上げ,Webを動かすエンジンにすることだ。もう1つは,既存製品とサービスの全てを,インターネットによって作り変えることだ」---。米MicrosoftのChief Software ArchitectであるRay Ozzie氏は2008年3月5日(米国時間),米国Las Vegasで開幕した「MIX 08」の基調講演でこう宣言した。

 「MIX 08」はWeb開発者向けのカンファレンスであるが,Ozzie氏はWebに限らないMicrosoftの全製品・サービス戦略について,大胆な構想を示した。その中には例えば,「エンタープライズ(ここでは企業情報システム)を,クラウドに移行する」といったエンタープライズITに関する戦略や,SQL ServerのSaaS(Software as a Service)版ともいえる「SQL Server Data Services」も含まれている。Bill Gates氏の後継者として同社のソフトウエア戦略を牽引するOzzie氏が示したビジョンを,詳しく解説しよう。

広告はサービスを現金化する「エンジン」

 Ozzie氏はまず同社が今後「広告ビジネスに全力投入する」ことと「既存の製品やサービスの全てをインターネットによって作り変える」という,基本方針を示した。広告ビジネスに関して同氏は,「広告は,ソフトウエア・サービスを現金化(マネタイズ)するエンジンだ」と強調。同社だけでなく,Web上のサービスを開発するサード・パーティが,Microsoftの広告システムを使ってサービスを現金化できるような「広告に関するエコ・システム」を作り上げると主張した。

 広告ビジネスを拡大するうえでは今後も,検索技術とコンテンツ,eコマース技術,コミュニティ技術に対する投資を強化する。米Yahoo!に対する買収提案もこの延長線上にあり「Yahoo!を買収するのは,それによってYahoo!が持つクリエイティブな人材と,知的財産が手に入るからだ」(Ozzie氏)と断言した。

Webこそが全ての「ハブ」

 実はOzzie氏が,広告ビジネス,つまりは「Google対抗策」に触れたのはこれだけである。それよりもOzzie氏は,Microsoftがこれから製品やサービスをどう変化させていくかについて,時間を割いて詳しく説明した。

 Ozzie氏はまず,Microsoftのソフトウエア戦略に関する「原則」を説明した。第一の原則は「Webは全ての人やサービス,デバイスのハブである」というもの。第二の原則は「エンタープライズ(企業情報システム)をクラウドに移行する(ための手段を提供する)」というもの。第三の原則は「全てのソフトウエアをより小さなコンポーネントに分割し,開発者がソフトウエアを連携できるようにする」というものである。

 第一の原則である「Webが全てのハブである」についてOzzie氏は「基調講演にいる誰もがそう思っているだろう」と語る。Ozzie氏はMicrosoftとして,人々やソフトウエアをWebによってつなげるうえで,今後は携帯機器やTV,デジタル・レコーダやゲームなどの「デバイス」も,Webをハブにして相互連携させていく方針を示した。

エンタープライズをクラウドに移行する

 第二の原則である「エンタープライズをクラウドに移行する」という方針については,実はOzzie氏は慎重に言葉を選んでいる。

 Microsoftの基本方針自体は単純である。Ozzie氏は「現在,仮想化技術が広まり始めている。仮想技術を使うと,専用アプリケーション・サーバーを,インターネット上のクラウドや,コモディティ(ありふれた)ハードウエアに移行できる。よって,企業の電子メール・システムやコミュニケーション・システム,データベース,業務アプリケーションなどを,クラウドが提供するユーテリティ・コンピューティング・プラットフォームに移行できるようになる」と語る。

 しかしこれだと,現在パートナーが販売するサーバー・ハードウエアやソフトウエアを,全てMicrosoftのコンピュータ・クラウドに移行することを意味する。そこでOzzie氏は「われわれはあくまで,クラウドに移行できるオプションを提供する。企業が自前でデータ・センターを持ち続けることも可能だ。その場合は,自前のシステムとクラウド上のシステムを,容易に連携できるようにする」と,パートナーを意識した発言をした。

システムは「疎結合」が原則

 第三の原則である「ソフトウエアをコンポーネント化し,相互運用性を重視する」は,会場にいる開発者を意識して語られたものだ。Microsoftとしては今後,あらゆるシステムを「緩く(loosely)」連携できるようにするとOzzie氏は語る。これは,過去のシステム連携が,各ベンダーが定めた独自の仕様で実現されていたのに対して,今後のシステム連携は,「RSS」のような単純でかつ業界標準に従ったやり方で実現していくことを意味している。

 Ozzie氏は「この取り組みによって5年後には,開発者がコードを開発して,それをコンピュータ・グリッド上に展開して,サービスとして公開するのが,より容易になるだろう」と語る。

コンテンツをあらゆるデバイスで楽しむ「オーガナイズ・サブスクリプション」

 続いてOzzie氏は,Microsoftがこれらの原則に従って実施していく5つの具体的なシナリオ,Connected Devices(デバイスをつなげる),Connected Entertainment(エンターテインメントをつなげる),Connected Productivity(生産性アプリケーションをつなげる),Connected Business(ビジネスをつなげる),Connected Development(開発をつなげる)--を披露した。

 Microsoftの戦略上重要なのは,「デバイスをつなげた」うえで「エンタテインメントをつなげる」ということであろう。パソコン以外にも携帯電話機やテレビ,ゲーム,携帯音楽プレーヤーがネットにつながることで「コンテンツをあらゆるデバイスで楽しめる『オーガナイズ・サブスクリプション』が実現する」(Ozzie氏)。米Appleの「iTunes Store」で購入したコンテンツが,「iPod」や「Apple TV」などで楽しめるように,Microsoftの場合でもゲーム機向けの「Xbox Live」や音楽プレーヤー向けの「Zune.net」,パソコン向けの「MSN」や,テレビ向けの「Microsoft TV」などで,同じコンテンツを楽しめるようになるとした。

Web版Officeアプリは現れず

 「生産性アプリケーションをつなげる」は,生産性アプリケーション,つまりOfficeアプリケーションに関するシナリオである。パソコンで編集したオフィス書類を,携帯電話やWebアプリケーション上で利用できるようにすることで,個人の生産性が向上するとOzzie氏は力説する。もっとも,OfficeアプリケーションをWebブラウザに移行するという話ではないようで,「PCベース・シナリオはなくならない」(Ozzie氏)と語る。

 Ozzie氏によれば,Webで重要なのはむしろ「共有し,タギング(タグ付け)し,相互に評価するという,ソーシャル・メカニズム」であり,Office書類にそれらの機能を付与するために,「Office Live Workspace」をリリースしたと語った。また企業向けには,Exchange ServerやSharePoint Serverのような,社内でソーシャル・メカニズムを働かせるための仕組みを,今後も提供すると語っている。

いよいよSaaS版のSQL Serverも登場

 Ozzie氏は,日本のシステム・インテグレータにとって極めて重要になりうる構想も明らかにしている。4つ目のシナリオである「ビジネスをつなげる」は,企業内にあるデータや業務アプリケーションを,Microsoftが運営するコンピュータ・クラウドへと移行するプランも含まれているからだ。

 まずOzzie氏は,同社が「Dynamics CRM Live」や「Office Live Small Business」といったSaaS型の業務アプリケーションを提供するようになったことで,「今まで大企業でなければ手に入らなかったCRMのようなアプリケーションを,中小企業も利用できるようになった」と強調した。

 Ozzie氏は続けて「次は,エンタープライズ(大企業)にもユーティリティ・コンピューティングという選択を提供したい」と語る。そのために同社では先週,Microsoft自身によるホスティング・ビジネスを拡大し,従来のExchange Serverだけでなく,SharePoint ServerやOffice Communication Serverといったサーバー製品でも,ホスティングを開始した。

 さらにOzzie氏は,ExchangeやSharePointのようなパッケージ・アプリケーションだけでなく,企業の業務アプリケーションもクラウドに移行させる考えがあることを示した。Ozzie氏は,業務アプリケーションを連携させるためのサーバー製品である「BizTalk Server」のSaaS版である「BizTalk Server Services」や,データベース製品SQL ServerのSaaS版である「SQL Server Data Services」をリリースする計画であることを発表。SQL Server Data Servicesは,2009年前半にリリースする予定である(詳細についてはITproにて追ってお伝えする)。

Silverlight 2.0ベータの提供を開始

 5つ目のシナリオである「開発をつなげる」についてOzzie氏は,「.NET Frameworkこそが,開発者をつなげるシナリオになる」と語った。同社は同日,Silverlight 2.0のベータ版をリリースしている。Silverlightを使えば,パソコンやサーバー向けの.NET Frameworkで使用するのと同じ手法(Visual StudioとExpression)で,Webブラウザや携帯電話などのモバイル機器向けのアプリケーションを開発できる。

 Ozzie氏はSilverlightの可能性に関して「各種メディアや動画の提供手法や,インターネット上のリッチ・アプリケーションの姿を,これから大きく変えていく」と強調した。

 基調講演では続いて,「Internet Explorer 8」のデモ(関連記事:【詳報】セマンティックWebに向かうIE8の「8つの強化点」)や,「Silverlight 2」のデモなどが披露された。

 Ozzie氏は基調講演で,Microsoftが2008年,様々なサービスや新技術を公開していくと強調し,この「MIX 08」がその第一歩になると語った。次の大きな「マイルストーン」は,2008年秋に予定されている「PDC(Professional Developers Conference) 2008」になると予告されている。