写真1●Developers Summit 2008の幕開けのセッションに登壇したJoel Spolsky氏
写真1●Developers Summit 2008の幕開けのセッションに登壇したJoel Spolsky氏
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写真2●Los Angeles GalaxyのDavid BeckhamとLandon Donovan
写真2●Los Angeles GalaxyのDavid BeckhamとLandon Donovan
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写真3●Spolsky氏が分類したBlue chip品とOff brand品の例
写真3●Spolsky氏が分類したBlue chip品とOff brand品の例
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写真4●BlackjackはiPhoneよりも通信速度が速く,多機能であるにもかかわらず,iPhoneよりも低く評価されている
写真4●BlackjackはiPhoneよりも通信速度が速く,多機能であるにもかかわらず,iPhoneよりも低く評価されている
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 2008年2月13日,ソフトウエア開発者向けイベント「Developers Summit 2008」(主催:翔泳社)が始まり,米Fog Creek SoftwareのCEOであるJoel Spolsky氏(写真1)がセッションに登壇した。Spolsky氏は,ソフトウエア開発についての諸問題を皮肉とユーモアたっぷりに論じた書籍およびブログ,「Joel on Software」で有名。セッションも著書と同じく皮肉とユーモアに満ちたものになった。

 セッションのテーマは「素晴らしいソフトウェアを作るということ」。機能的に優れた製品を作っても,市場で優位に立てないというよくある現象を分析し,万人に愛されるソフトウエアを作る方法を探るという流れでセッションは進んだ。

 セッションの冒頭でSpolsky氏は,いきなりサッカー選手David Beckhamとその同僚Landon Donovan(どちらもLos Angeles Galaxy所属)の写真をスクリーンに映し(写真2),BeckahamよりもDonovanの方がチームに貢献しているのに,一般的知名度も年俸もBeckhamの方がはるかに上であることを「不思議だけれどよくあること」として,聴衆の笑いを誘った。

 そしてSpolsky氏は,Beckhamを米Appleの「iPod」にたとえ,Donovanを米Microsoftの「Zune」にたとえて,DonovanとZuneを機能豊富でよく働くけれど愛されないところが共通しているとした。同氏の分類によれば,BeckhamとiPodは「Blue chip(一級品)」であり,DonovanとZuneは「Off brand(安物の流通品)」に当てはまるという(写真3)。

 そして,このような不条理はソフトウエアの世界でもよくあることと言いながら,その例として“女性がデジタル・カメラで写真を撮った後にありがちな出来事”を挙げた。写真を撮って,コーヒーを買って帰宅して,パソコンに写真を転送しようと思って起動すると,まずCapsキーが有効になっていてパスワード認証に失敗し,ログオンしたらソフトウエアのアップデートが途切れ途切れに始まり,終わったと思ったら再起動を求められる。再び起動してカメラを接続するとデバイス・ドライバのインストールを要求され,手元にないので探し回っている間にキーボードにコーヒーをこぼすという架空のストーリーを語った。

 この冗談のようなストーリーを語った後で,氏は「人間は何かをコントロールしようとして,コントロールを失うとどんどん嫌な気分になる」という事実を指摘した。氏によるとこの現象は「学習性無力感」といい,ときにはうつ病の原因にすらなるという。

 そして,ソフトウエア開発者は,ユーザーがコントロールを握っていると感じさせることが大切と指摘した。自分の思った通りに操れれば,人間は操作していて気分がよくなるものだという。その例として,米服飾メーカーAbercrombie & FitchのWebサイトを挙げた。このサイトでは,ユーザーが商品の色を選択すると,Ajaxを利用してページの見た目を即座に変えるようになっている。

ソフトウエアも見た目が大切

 次に氏は,ソフトウエア開発者が気にかけるべき点として「美学」を挙げた。開発者は,ユーザー・インタフェースの見た目をほんの些細なことと考えがちで,その裏で動く機能の実装に力を注ぐ傾向がある。一方,エンドユーザーは,見た目が華やかで装飾があるソフトウエアを好むという。その例として,2種類の携帯電話を比較して見せた。一方は氏が常用している韓国Samsung Telecommunications製の「Blackjack」(価格は99ドル)を,もう一方にはAppleのiPhone(価格は399ドル)を挙げた。Blackjackのほうが通信速度が速く,充電池も簡単に交換できて使いやすいように見えるが,美しいユーザー・インタフェースや,継ぎ目が目立たないきょう体デザインを評価してiPhoneを選ぶ人が多いという(写真4)。

 また,見た目の問題はソフトウエアのユーザー・インタフェースに限らないという。以前,氏が関わったプロジェクトで,ユーザーにソフトの概要を説明していたところ,あまりいい顔をしていなかった。そこで,資料のグラフをよりはっきり見えるように修正したところ,一転して良い反応を示したというエピソードを紹介した。

 このエピソードから「建築の世界では,無駄な装飾を排除したデザインが受け入れられているが,ソフトウエアの世界では無駄に見える要素も必要である」と建築の世界と引き比べて,ソフトウエアの世界では美学,見た目にこだわる必要があると強調した。

 もう一つ,氏は「誤帰属(misattribution)」という言葉を挙げ,よいソフトが評価されない要因を暗示した。氏によると,誤帰属とは,例えば,ある人にコーヒーを大量に飲ませながら映画を見せて,後で感想を聞くと,その映画を過度に興奮する映画と評価する現象と説明した。実際はコーヒーの効果で興奮しているのだが,映画が興奮させていると誤認識させる現象である。つまり,見た目が悪いソフトは,実際には役立つ機能をたくさん持っているのに,見た目だけですべてを否定されてしまうということだろう。

 最後に氏は,ソフトウエアを作る上で大切な点として「幸せ,感情,美学」の3点を挙げて講演を締めくくった。