写真1●基調講演に先立ちあいさつする増田寛也総務相
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 情報通信研究機構(NICT)は1月17日,NGNの次のネットワーク・アーキテクチャを議論する「JGN2+AKARIシンポジウム2008」を開催。前大阪大学総長でNICT理事長の宮原秀夫氏が基調講演を実施し,現行のIPネットワークから離れて白紙の状態から議論を積み上げる“新世代ネットワーク”(NWGN)の設計思想を披露した。

 基調講演に先立ち,増田寛也総務相があいさつ(写真1)。今からNGNの次を考える重要性を会場のネットワーク研究者に訴えた。「2008年はNGN構築が本格化する年だが,このNGNを超えるものとして新世代ネットワークを見据えた議論を進める必要がある」(増田総務相)。総務省としては,情報通信分野の「ジャパン・イニシアティブ・プロジェクト」の一つとして新世代ネットワークの策定を後押しする考え。「将来の国際標準化を視野に入れながら,この分野でリードする米国・欧州・中国・韓国と連携・協調することが大事」(同)と,世界各国が取り組んでいるNWGN設計における日本のイニシアティブ確保を促した。


写真2●新世代ネットワーク(NWGN)の設計思想を語る情報通信研究機構(NICT)の宮原秀夫理事長
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 基調講演に登壇した宮原理事長は,日本を代表するネットワーク分野の研究者として,まずはIPを総括した(写真2)。「多重化の代償として一定の通信品質を得られない輻輳(ふくそう)や遅延があるのがIPネットワーク。音声や映像といったストリーム・メディアには向いていない」とその限界を概説したうえで,「しかしIP網は回線交換網より圧倒的に安価。この構図は20年前から変わらない」とIP普及の歴史を振り返った。

 現在,NTTが商用化を進めているITU-T準拠のNGNは,このIPネットワークの弱点を「高速化とQoS(quality of service)で回避する取り組み」(宮原理事長)だ。しかし「複数のISPをまたぐ通信である以上は,エンド・ツー・エンドのQoSを確保するのが非常に難しい」とNGNの限界に言及し,「NGNの弱点を解消するのが新世代ネットワーク」(同)とした。

“革新的”だが“断絶”は回避

 日本におけるNWGNの議論は,NICTが中心となって立ち上げた「AKARI」プロジェクトが2007年4月に「概念設計」を終え,2007年11月に設立された,産官学の各種研究を戦略的に統合する新世代ネットワーク推進フォーラムの下で「詳細設計」を進めている段階だ。


写真3●宮原理事長は「革新性と現実世界とのすり合わせが重要」とNWGN設計の注意点を指摘
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 ただし宮原理事長は,机上の空論となりかねない議論には釘を刺した(写真3)。NWGNとは,必要に応じてユーザーやアプリケーションに一定の通信品質を提供できるネットワークであり,「革新的なアーキテクチャを生み出す必要がある」(同)。しかしそのうえで宮原理事長は,「既存のネットワークと断絶することなくマイグレーションのシナリオが書けるアーキテクチャが必要」(同)という点を強調した。

 NWGNの議論は,いずれはNGNのように国際標準として収束する。日本のNWGNは2011年に詳細設計を確定し,2015年以降の実用化,というスケジュールを立てている。はたして総務省の言うように,国際的なイニシアティブが取れるのか。その点に関して,宮原理事長は「レイヤーにとらわれずに統合的にネットワークを捉えるセンスさえあればイニシアティブを取れる」と指摘。ITU-TにおけるNGN標準化以上のプレゼンスを出せるとの見方を示した。「全国規模の回線交換網を世界に先駆けて構築するという完璧主義からインターネットでは出遅れた。しかし日本は個々の技術を見れば,最先端を行っている」とネットワーク研究の現状から,自信をみせる。

「NWGNの要件は,微生物が構成するネットワークが既に備えている」

 続いて宮原理事長は,NWGN設計を進める際のテストベッド(実験環境)を紹介した。NICTが研究開発用に提供している光ネットワーク「JGN2」を挙げ,「これまではアプリケーションの検証や高速ネットワークの提供が主な目的だったが,次期JGN2の『JGN2 plus』では新アーキテクチャのルーターなど複数の実験が共存する実ネットワークに近い環境にしなければならない」と,NWGNにおけるテストベッドの要件を説明した。

 また,講演の最後に宮原理事長は,大阪大学時代にかかわった“生物指向”のネットワーク研究を紹介した。NWGNの方向性の一つとして,「スケーラビリティや自律性といったNWGNの要件は,大腸菌などの微生物が構成するネットワークが既に備えている。NWGNのアーキテクチャは幅広い知見から考えていかなければならない」と,異分野にまで視野を広げる重要性を強調して講演を締めくくった。