写真●東京大学の坂村健教授
写真●東京大学の坂村健教授
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 「超少子高齢化社会を迎えつつある日本では,あらゆるモノや場所にICタグや電子タグを散りばめたユビキタス情報化社会基盤が必須になる。産学官民共同でインテリジェントな国土を実現し,世界に広めたい」──東京大学教授の坂村健氏(写真)は,2007年12月12日から東京国際フォーラム(東京都千代田区)で始まった,TRONプロジェクト関連のイベント「TRONSHOW2008」の基調講演でこう語った。

 この講演で坂村教授は,現在最も力を注いで取り組んでいるucode(ユー・コード)について,その意味や目的を説明すると同時に,各地で始まった実験/実例をデモや動画を交えて紹介した。同氏がこれまで唱え続けてきた「ユビキタス情報化社会基盤」の実現が近いことを強調した。

 ucodeとは,128ビットで表現する,全世界共通の物品番号と場所番号である。このうち物品番号は,過去から未来にかけて人類が製造したあらゆるモノの一つひとつについて割り当てる。一方の場所番号は,緯度/経度/高度で指定される地点だけでなく,住所や地番,郵便番号,駅,バス停,倉庫の棚,コピー機の場所など,あらゆる場所に誰でも振れる番号だという。これらの番号によって,個々のモノや場所を識別することが目的だ。番号自体に意味はなく,意味や情報は外部のネットワーク上に蓄積する。

 「ucodeは2の128乗の値を表現できる。これだけあれば,地球上のほとんどすべてのモノや場所にユニークな値を割り振ることが可能。その番号がユニークかどうかは,ユビキタスIDセンターが管理,保証する」(坂村教授)。既存の製造番号のように,企業や組織内だけで使われるIDと異なり,全世界で共通かつユニークな番号である点に意味があるという。

 例えば,マンゴーやメロンといった農作物の場合でも,種類やケースごとではなく,1個1個にucodeを割り当てる。講演ではユビキタス・コミュニケータ(UC)という小型の情報端末を使って,農作物に割り当てたucodeを読み取ってネットワークにアクセスし,品目,生産地,製造者,消費期限といった情報を画面に表示してみせた。また,歩道や駅のプラットフォームなどで見かける視覚障害者誘導用ブロックにucodeを埋め込み,特殊な杖でその上をつつくと,UCがその地点に関する情報(そこがどこか,目的地までの道のり,近くのトイレの位置など)を音声で読み上げるといったデモも実演した。

各地で実証実験や実サービスが本格化

 このようなucodeとUCを使った応用サービスは,国内の各地で,実験や本稼働に向けての取り組みが始まっている。例えば,食品流通構造改善促進機構は,東京都の大田市場で,生鮮食品の箱にucodeを格納した電子タグを貼り付け,物流プロセスを管理する実証実験を行っている。誤差30cmという高い精度で,どの荷物がどこにあるかを認識できるという。

 また,財団法人ベターリビングでは,住宅用火災警報器にucodeを導入した。これによって,どの警報器がどの家庭に使われているかがわかる。実際に,機器の不具合によって約300個を回収することになった際,ピンポイントで対象物を回収できたため,従来に比べて回収コストがぐっと少なくなったそうだ。

 その他,東京都,熊本県,奈良県,静岡市,神戸市などでは,自律移動支援プロジェクトの実証実験を行っている。これは,地上/地下を含む街中に,赤外線や無線でucodeを発信するマーカーをあちこちに設置して,その場所に関する情報をUCが受信することで,道案内や観光ガイドなどのサービスを行うというもの。視覚障害者や車いす利用者の移動支援などにも使われる。

 すでに本サービスとして始まっている事例もある。東京ミッドタウンでは,屋内外に約500個のマーカーを設置して,利用者をアート作品に誘導したり,アート作品の概要や作者の情報を提供する「ユビキタス・アートツアー」というサービスを行っている。青森県立美術館でも11月10日に,UCによって館内の順路を案内したり,作品を解説したりする「美術館ユビキタス案内システム」を開始した。

 坂村教授は,自律移動支援プロジェクトや視覚障害者誘導用ブロックでの事例などを実現するためには「社会基盤というインフラ作りが重要」と語る。「技術だけでは解決できないし,民間企業による自由競争に任せるのも効率的ではない。どこをインフラとして国や自治体が作り,どこを競争させるか,その線引きや標準化が必要」という。

 最後に同氏は,「日本は,世界最速のスピードで超少子高齢化が進んでいる。それに対応するためには,健常者だけでなく高齢者や障害者にも優しいインテリジェントな国土を,産学官民が連携して実現すべき。そして,その成果を発信することが世界の役に立つ」と結んだ。