2.5GHz帯の割り当てを巡り,ウィルコム,オープンワイヤレスネットワーク,ワイヤレスブロードバンド企画,アッカ・ワイヤレスの4社が激しい争いを繰り広げている。現在,総務省と電波監理審議会が各社の比較審査を進めており,12月中に事業者が決まる予定だ。4社の中で唯一モバイルWiMAXを採用せず,自社が主導して策定した「次世代PHS」を採用するウィルコムの近義起・取締役執行役員副社長(写真1)に,次世代PHSの技術的な特徴を聞いた。


(聞き手は白井 良=日経コミュニケーション



ウィルコムは,2.5GHz帯免許の取得を目指す企業では唯一モバイルWiMAXを採用しない。そうさせた次世代PHSの特徴は。

写真1●ウィルコムの近義起・取締役執行役員副社長
写真1●ウィルコムの近義起・取締役執行役員副社長
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 次世代PHSは,単一のシステムでワイヤレス・ブロードバンドを実現できる唯一の方式だと考えている。欧米などPHSを導入していない地域にも十分売り込める技術だ。そのためには技術を実証しなければならない。日本において,同じ周波数帯で次世代PHSとモバイルWiMAXで競争させて欲しい。技術の差を見せられるはずだ。そうすれば,おのずと世界は振り向いてくる。

 次世代PHSが優れている点は,ネットワークの収容容量を大きくしやすいこと。多数の基地局でユーザーのトラフィックを分散処理する「マイクロセル」を構成するからだ。ネットワークを大容量にすることで,モバイルWiMAXを採用する他社よりも確実に高い平均スループットを確保できると考えている。

 固定でも無線でも,ブロードバンド・サービスではユーザーが使うデータ量が大幅に増える。我々の試算では,ワイヤレス・ブロードバンドの1ユーザーが月間に通信するデータ量は,数G~10Gバイトと現行携帯電話の100~1000倍になる。そのため,大容量のネットワークにしなければならない。

 無線で大容量を確保するにはマイクロセルしかない。これはワイヤレス業界の誰もが認めていることだ。けれど,携帯電話事業者は誰もこれを言わない。マイクロセルのネットワークを作るのは難しく,時間がかかるからだ。だから携帯電話事業者は,複数のシステムを組み合わせて大容量化しようとしている。技術の世界では,モバイルWiMAXは第3世代携帯電話(3G)の補完という位置付けで合意が取れている。これはWiMAXを推進しているインテルも認めていることだ。

 しかし,マイクロセルをきちんと作れる技術があれば一つのシステムで済む。これが次世代PHSだ。もともとPHSは,携帯電話よりも大容量なシステムが必要となって15年前に開発されたものだ。それを運用してきた我々は,大容量化のためのノウハウは十分に保有している。

なぜモバイルWiMAXよりも次世代PHSの方がマイクロセルに向いていると言えるのか。

 通信規格の設計ポリシーが違う。次世代PHSは,マイクロセルを前提に設計している。そのため,都市部の中心で多数の基地局をぐちゃぐちゃに設置してもちゃんと機能する。一方のモバイルWiMAXは,一つの基地局で広い範囲をカバーして,できるだけ多数のユーザーを収容することが基本的なコンセプト。ユーザーにきめ細やかに帯域を割り当てる制御は得意だが,都市部で大容量を確保する目的には向いていないと考えている。

 これは,技術方式を見れば一目瞭然だ(図1)。次世代PHSでは,最適な周波数を基地局自身が自動選択する「自律分散制御」を採用している。具体的には,10MHzの周波数帯域を900kHz幅のサブチャネルに分割し,基地局がサブチャネル単位で空いている周波数を自ら探す。端末にどの周波数でいつ送受信すべきかを知らせる制御信号は,使い方を制限した専用のサブチャネルを固定的に使う。これらの工夫により,何十個もの基地局を重複して設置しても動作する。

図1●次世代PHSとモバイルWiMAXの比較

 一方,モバイルWiMAXは,基地局が利用する10MHz幅の周波数帯域を,あらかじめ事業者が設定する必要がある。タイム・スロット(データを送る時間間隔)の先頭で,10MHz幅をフルに使う制御信号を流す仕様になっているからだ。複数の基地局が一斉に10MHz幅の制御信号を流すため,同じ周波数を割り当てた基地局が近接すると互いに干渉する。異なる基地局の制御信号が干渉すると,ユーザーは一切通信できなくなる。そのため,基地局の設置場所を厳密に決めなければならない。

 また,基地局のカバー範囲が小さくなると,基地局をピンポイントの場所に設置しないとネットワークを作れないということになる。そのため,現実的には基地局を密に設置してマイクロセル化することが難しい。

 実は我々も数年前,モバイルWiMAXの導入を真剣に検討した。その結論が,自分たちで次世代PHS規格を作るということだ。やはり,干渉した場合に全く動かなくなる不安があるシステムは導入しづらい。

モバイルWiMAXを推す陣営は,通信規格の国際的な普及が見込めるために安価に機器を調達できるとしているが。

 モバイルWiMAXの半導体だけが安いわけではない。2.5GHz帯を使う通信規格の半導体は,モバイルWiMAXでも次世代PHSでもIEEE 802.20でも同じように安い。

 10年前にW-CDMA対CDMA2000という3Gの規格争いがあったときとは時代も状況も違う。パワーアンプやRF(無線)部品は周波数で値段が決まるため,同一の周波数帯を使う今回の話では条件は同じ。ベースバンドやMAC(媒体アクセス制御)の機能は,今ではほとんどソフトウエアで実現している。次世代PHSの半導体を作るには,モバイルWiMAXとのソフトウエアを書き換えればいいというレベルの話だ。

 言ってみれば,アップルのMacとWindows PCの違いのようなものだ。同じインテルのCPUを使ったハードウエアの上でソフトウエアだけが異なる。もちろん,OSの良し悪しや好き嫌い,どういった用途向けに設計されているのかといった優劣はある。しかし値段はほぼハードウエアに依存していて,MacもWindows PCもほとんど差はない。

 すでに「世界標準で皆が使うから安い」という時代じゃない。周波数さえ同じならばハードは一緒で,あとはソフトウエアを変えてシステムを作る時代だ。これは無線技術の世界ではよく知られていること。次世代PHSについて不安視する質問が出てくるのは,携帯電話で日本のPDCが世界で孤立したとか,そういう古い時代のアナロジーを引きずっているのだろう。