写真●「年収100万円台のフリーターとインターネットが社会を変えている」と話す森永卓郎氏
写真●「年収100万円台のフリーターとインターネットが社会を変えている」と話す森永卓郎氏
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 10月24日に開幕したイベント「IPコミュニケーション&モバイル 2007」では、獨協大学経済学部教授の森永卓郎氏が基調講演に立った。ジョークを交えながら経済やマーケットの変化をわかりやすく解説。「年収100万円台のフリーターとインターネットが社会を変えている」と話した。

 著名な経済アナリストである森永氏のもとには様々な企業の関係者から「次のトレンドはなんですか」といった質問が舞い込むという。「その時点でだめ。高度成長期の発想から抜け出せていない」。森永氏によると、当時は消費者は欲しいものを買っていたわけではなく、隣の人が持っているものを買っていた時代。

 あるとき、社宅で誰も持っていなかった29インチのカラーテレビを買おうとして夫人に止められたという。強行して購入したものの住民からは嫌がらせを受けた。「高度成長期には標準家族、ライフスタイルの規格化というものがあった」(森永氏)からだ。社宅で誰も持たないテレビをいち早く買うというのは規格から外れる行為だったのだろう。しかし、その後はその社宅で急速に29インチは普及した。「隣の人が持っているから私も欲しい」という高度成長期に顕著であった消費者心理のせいだ。

 「隣の人が持っているから私も」という時代が終わると、企業は消費者の声に耳を貸さなければならなくなった。出せば売れる時代が終わったからだ。規格化されたライフスタイルや家族があったからこそ少品種を大量に生産できた日本企業は、多品種少量生産に取り組むことになった。

 森永氏は、多品種少量生産のはしりとしてタバコを例に挙げた。大学卒業後に日本専売公社に入社した森永氏は、1つの銘柄(マイルドセブン)がタバコ市場の半分を占めるという状況を見てきた。その後「マイルドセブン~」といったマルチブランド化は進んだものの、「合計するとやはり半分近くに達してしまい、本質的な消費者の多様化はまだではないか」と感じた。本当の意味での市場の細分化を見たのは1990年代後半以降だという。

 市場の細分化を生んだ第一の要因は所得格差。森永氏によると、99年に27.5%だった非正社員の比率は小泉政権下で増え続け、2003年には34.6%になった。かつて『年収300万円時代を生き抜く経済学』を記した森永氏は、「最近は年収100万円台という層が確実に増えている。企業の正社員と彼らの所得格差はライフスタイルにも影響を与えている」と、低所得が独身層を増やしている可能性を指摘。2005年の国勢調査から30~34歳の男性の非婚率は49%というデータを引用した。

 「国勢調査から2年がたつ今、30代前半の男性の非婚率は5割を超えているでしょう。この5割が分岐点になるのです」。男性の喫煙率が5割を下回ってしばらくすると、東京都千代田区では禁煙に関する条例ができた。こうした条例は全国の主要都市に一気に広まった。「世の中は主流派が住みやすいようにどんどん変わっていきます。高度成長期の標準家族が崩壊し、シングルが増えています。社会もシングルが住みやすいように変わっていくでしょう」(森永氏)。

 森永氏はかつて、サラリーマン男性の人生の不良債権として「住宅ローン」「専業主婦の妻」「子供」を挙げて激しい非難を浴びた。賛否はともかく、結婚して家族を持ち、家を買うことでサラリーマンとしての自由がなくなることは確か。「上司やクライアントにどれだけ責められても仕事は辞められない。この3つは自由を奪うのです。その点、シングルや100万円台収入を持つフリーターは違います。その気になれば、長期休暇を取ったり会社を辞めたりできますから」と解説する。

 こうしたライフスタイルの台頭はすでに社会を変えつつあるし、今後もさらに変えていくという。森永氏がもう一つ社会を変える要素として挙げたのがインターネットだ。その理由は無数の小さなビジネスを生み出す可能性を持っているから。具体的な例として自身の収集癖の話を持ち出した。森永氏はお茶飲料の缶やペットボトルのふたといった、たいていの人が気にも留めないものを収集してきた。「お茶の缶は家に2000本あります。同好の士を何年も見つけられなかったから非常に孤独でした。家族や友人にもあきれられていた」と笑いながら振り返る。

 「しかし、インターネットが普及したことで個人的な趣味を持つ者同士が知り合えてつながっていった」。こうしてできあがったコミュニティに対してのビジネスも生まれてくる。森永氏が収集するミニカーの世界では、20台という限定生産を請け負うサービスが登場しているという。「金型の値段を考えると一見、割に合いません。でも高値でも買うというマーケットを確実に見つけています」と、インターネットが無数のビジネスとコミュニティを産んでいる現状を話した。

 森永氏は最後に「会場にいる経営者のみなさま」と呼びかけ一つアドバイスを残した。「商品の短命化は驚くほどの速さで進んでいます。こうした時代にヒット商品を生み出せるのは変な社員なんです。以前、システム会社にいたことがあります。そのときにCOBOLで勘定系システムをこつこつ作っていた真面目な社員より、マイコンやゲームで遊んだり、データベースをいじっていた“不良社員”が活躍しています。社内に不良を増やしてください。最近は私用メールを禁じているが、絶対に間違い」と訴えた。次々にいろいろな情報を受け取り発信していく異質な不良社員こそが企業に革新をもたらすという。