写真1●米インテルのCTOであるジャスティン・ラトナー氏
写真1●米インテルのCTOであるジャスティン・ラトナー氏
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 米インテルの開発者会議「IDF(Intel Developer Forum)」最終日である9月20日(米国時間),同社のCTO(最高技術責任者)であるジャスティン・ラトナー氏は講演で,ネット上の3次元仮想世界が今後大きくブレイクすると語った(写真1)。インテルはそこにコンピューティング・パワーの莫大なニーズが生まれると見る。

 ラトナー氏はセカンドライフのような3次元空間上にコンテンツやコミュニティを展開するインターネット・サービスを「3-D Internet」,従来のWebを「2-D Internet」と呼ぶ。3-D Internetをめぐる現在の状況を,1993年当時のオンライン・サービス勃興期になぞらえ,「2-D Internetが社会と経済を変えたように,3-D Internetも今後大きく発展し,社会と経済に大きなインパクトを与える」と主張する。

 セカンドライフについては現状,誇大に取り扱われたり,逆に過小評価されたりと,歴史が浅いためか評価が分かれる。ただ,「3次元画像を駆使したMMORPG(複数ユーザーが参加するオンライン型ロールプレイング・ゲーム)の層は厚い」(ラトナー氏)。そう考えると,ラトナー氏による「すでに3-D Internetはニッチな存在ではない」という見方は当たっている。

 ゲームはもとより,セカンドライフなどは現時点で,やや趣味的な要素が強い。しかし,そもそも3次元グラフィックスを使った仮想世界は実世界をバックアップする,より実用的な存在にもなり得るという。

写真2●人間の皮膚組織の物理特性をコンピュータ上で再現し,メス入れと縫合を3次元画像でシミュレーションした例
写真2●人間の皮膚組織の物理特性をコンピュータ上で再現し,メス入れと縫合を3次元画像でシミュレーションした例
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写真3●ラトナー氏は「3-D Internetを支える技術的な要件と社会的な要件は整った」という
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 ラトナー氏はその例として,大学や医療機関などが中心になって進めている「仮想手術」を紹介した。顔面外科手術を実施する際に,患者の頭部形状をコンピュータで再現。施術後の理想的な外見に向けてどう皮膚や軟骨組織を組み替えるべきかをCGでシミュレーションし,医師の手術を支援する,というものだ。

 講演では,人間の皮膚組織の物理特性をコンピュータ上で再現し,メス入れと縫合を3次元画像でインタラクティブにシミュレーションするという例も示された(写真2)。「これらには最新の画像処理技術,物理シミュレーション技術,発達したプロセッサ・パワーが大きく貢献している」(ラトナー氏)。

 ラトナー氏は米Qwaqが提供する「仮想企業」を実現するソフト「Qwaq Forums」も紹介した。コンピュータ内の仮想オフィス内に共有ドキュメントを置いたり,サーバーやストレージなど情報システムの要素を仮想空間上に配置し,管理しやすくする,といったものだ(Qwaq Forumsの関連記事)。

 つまり,こうした仮想世界を作り上げるための基礎技術は十分なレベルにある。ラトナー氏は「インテルの調査では,『仮想世界で物事を済ませる』ことが文化的・社会的に許容されるようになってきた」と述べる。技術と社会の両条件がそろったので,3-D Internetの到来は確実である――(写真3)。これがラトナー氏の論旨である。

リアルな画像,新デバイスで体験を豊かにする

写真4●CGによる物体の形状や質感の再現例
写真4●CGによる物体の形状や質感の再現例
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写真5●3-D Internetでは,2-D Internetに比べてクライアント側であれば3倍のプロセッサ処理能力,20倍のGPU(画像処理ユニット)の性能が必要になるという
写真5●3-D Internetでは,2-D Internetに比べてクライアント側であれば3倍のプロセッサ処理能力,20倍のGPU(画像処理プロセッサ)の性能が必要になるという
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写真6●ラトナー氏が講演で紹介した,キーボードやマウスに変わる入力機器の一つ。手前のボール状の取っ手を3次元状に動かす
写真6●ラトナー氏が講演で紹介した,キーボードやマウスに変わる入力機器の一つ。手前のボール状の取っ手を3次元状に動かす
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 ラトナー氏は,今後は3-D Internetでより“現実味のある体験”ができるように,さらに高度な画像処理と物理シミュレーションが求められるようになるという。物体の形状や質感,空間に照らされている光の状態をCGとして的確に表現し,モノや場所などの空間認識を高めることが必要だからだ(写真4)。

 「数万人のユーザーが同時にアクセスし,リアルな仮想空間を移動する。そうなると,クライアント,サーバー,ネットワークともに高度なインフラが必要になる」(ラトナー氏)。クライアント側であれば,2-D Internetに比べてプロセッサは3倍,GPU(画像処理ユニット)は20倍の性能が必要になるという(写真5)。

 仮想空間内での行動がしやすくなるように,ユーザー・インタフェースも大切な要素だ。ラトナー氏は講演でキーボードやマウスに変わる入力機器をいくつか紹介した(写真6)。

 現在の2-D Internetでも重要なトピックではあるが,3-D Internetでもセキュリティは大切だ。画面上のアバターは確かに登録したユーザー本人が操作しているのか,といった認証の問題や,ユーザーの意図した通りにアバターの挙動が再現されているかなどのテーマをいくつか挙げた。

 現在セカンドライフを始め,3-D Internetの走りとなる各種のサービスやソフトは独自の仕様で動いている。だが,ラトナー氏は「3-D Internetの発展には,HTTPやXMLのような標準が必要不可欠だ」とも指摘する。

 ラトナー氏は講演中,リアルさという言葉を頻繁に使った。だが,その一方で仮想空間では空中を飛べるなど,リアルでない状況に面白さがあるとも言える。

 この点についてラトナー氏は「あくまでもリアルさは“インタフェース”のためにある」と説明する。「物体がそこにある,空間がこのようになっている,といったことを分かりやすく示すためには,リアルな表現が必要だ。だが,それは必ずしも面白さと相反するものではない」。

 この点,米ドリームワークス・アニメーションのCEO(最高経営責任者)であるジェフリー・カッツェンバーグ氏の意見に通じるものがある。同社は「シュレック」シリーズなど3次元CGを駆使したアニメ映画を提供している。カッツェンバーグ氏はインタビューで,「リアルなCGを生成する技術は,ストーリーを自由に語るための道具。リアルな画を撮りたいのであれば,写真を使えばいい」と述べている(カッツェンバーグ氏の談話記事)。