写真1:USENの堤天心GyaO NEXT戦略室長
写真1:堤天心GyaO NEXT戦略室長
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 「マンション全体がFTTH化しても,契約世帯は全体の6割を超えない。日本にはまだまだ膨大な『ノンPC層』が存在する。われわれがIPTV『ギャオプラス』を進めているのは,こういった層にリーチするためだ」--。9月19日に開催されたマイクロソフトのWeb開発者向けカンファレンス「REMIX07 Tokyo」で,動画配信サービス「GyaO」を展開するUSENの堤天心GyaO NEXT戦略室長(写真1)は,同社のIPTV戦略をこう語った。

 USENは現在,パソコン向けの無料動画配信サービス「GyaO」と,専用のIPセット・トップ・ボックス(STB)を使用するテレビ向けの動画配信サービス「ギャオプラス」を展開している。ギャオプラスは2007年2月に開始した新しいサービスで,無料動画配信サービスの「GyaO」に加えて,月額3900円の固定料金体系であるビデオ・オン・デマンド(VOD)サービスの「GyaO NEXT」が視聴できる。

 USENの堤室長は,同社がギャオプラスを開始した理由を「GyaOの限界を克服することにある」と説明する。2005年4月に開始したパソコン向けの無料動画配信サービスのGyaOは現在,登録ユーザー数が1500万人で,毎週10万人弱のユーザーが新規登録している。登録しただけでなく実際にサービスを利用しているユーザーの率を示す,いわゆる「アクティブ率」についても堤氏は「ざっくりとした数字だが,毎月700万人強のユーザーが,GyaOのWebサイトを定期的に訪問している」と語る。

 また同社では,動画の配信技術にWindows Media Playerを使用しているGyaOを,将来的にマイクロソフトのFlash対抗技術「Silverlight」に移行する考えだ。Silverlightを採用することで,現在GyaOを視聴できないMacユーザーにもリーチできるようになる。Silverlightは2008年初めにリリースされる予定の「バージョン1.1」からDRM(デジタル著作権管理)技術に対応する予定であり,USENではバージョン1.1から,Silverlightに移行していく考えだ。

広告媒体としてまだまだ小規模

 それでも現在のGyaOには,課題もあるという。一つは,ユーザー層が思ったほど広がっていないことだ。堤氏は「1500万人が毎週必ず見る媒体にならない限り,広告媒体としてのビジネスは成り立たない」と語る。ユーザー層を拡大するためには,コンテンツの拡充と合わせて,「ユーザー・リーチの部分で,新しい取り組みが必要だ」(堤氏)と考えている。

 ユーザー層を拡大する上でUSENが強く意識しているのが,(1)インタフェースの改良,(2)パソコンを使わない「ノンPC層」への浸透--である。週に何度も見てもらうためには,パソコンを使った視聴だけではなく「リビングでリラックスして視聴してもらえるように,テレビでの視聴を考慮した方がいい」(堤氏)と考えている。また,(2)のノンPC層へのリーチのためにも,テレビを使った動画配信が必要と考えた。

 堤氏は,「当社ではFTTH事業も展開しているが,マンション全体がFTTH化しても,実際に契約する世帯は6割弱しかない。4割のお客がインターネット接続サービスを必要としていないのが現状だ。特に,地方のユーザーや若年層に,パソコンを使っていない人が多く存在する」と語る。

 また,GyaOの広告ビジネスを強化する上でも,「脱パソコン化」を必要としている。堤氏は,「PC向けの動画配信サービスに入る広告となると,どうしても,もはや『トラディショナル』な存在となった『インターネット広告』として,広告主に認識されてしまう。広告主は現在,広告予算を『テレビ広告』『ネット広告』といった媒体向けに用意しているのが現状。限られたネット広告の予算を取りに行くのではなく,テレビ広告をGyaOに持ってくることが必要になっている」と説明している。

 そこでUSENが試験的な取り組みとして2007年2月に開始したのが,テレビ向けの動画配信サービスである「ギャオプラス」だ。ギャオプラスの特徴は,同社がセット・トップ・ボックスを自ら開発したことである。テレビ向けの動画配信サービスでは,ユーザー・インタフェースが重要になると考えて,「他社のSTBと比べて,ハードウエア・スペックをかなり高くし,ほとんどパソコンのアーキテクチャと同じにした」(堤氏)という(写真2)。

写真2:ギャオプラスのSTBの仕様
写真2:ギャオプラスのSTBの仕様 [画像のクリックで拡大表示]

 また,将来性を考えて,H.264やVC-1といったMPEG4ベースの高圧縮コーデックや,HD(高精細)動画,IPv6などにも対応したのが特徴だ。現在ギャオプラスで配信している海外ドラマ(写真3)のビットレートは,毎秒1.2Mビットと低く抑えられているが,「VC-1を採用しているので,ビットレートが毎秒4M~6MビットのMPEG2とほぼ同等,つまりDVDとほぼ同じ再生品質を確保している」(堤氏)という。

写真3:ギャオプラスのユーザー・インタフェース
写真3:ギャオプラスのユーザー・インタフェース [画像のクリックで拡大表示]

 当初の期待通り,ギャオプラスにおけるユーザー行動は,パソコン向けのGyaOとは異なったものになっているという。堤氏は,「パソコン向けのGyaOと比べると,1人当たりの延べ視聴時間は30~40%増,1人当たりの視聴回数は70~100%増で推移している。テレビのように,さまざまなコンテンツをザッピング(切り替え)しながら見ているのではないだろうか。特に,1人当たりの視聴時間が伸びると,それだけCMの効果が上がることから,この数字には注目している」と,効果を説明している。

IPTVの課題は「STBのパワー」

 もっとも,ギャオプラスにも課題はある。堤氏が強く指摘したのは「STBが,パソコンほどパワフルではなく,GUIを作りこむうえで制約が多い」ということだ。今後は,Windows Media Centerのようなパソコンの機能とより連携していくことや,「PLAYSTATION 3」のような強力なコンピューティング・パワーを備える端末との連携も考慮すべきではないかと述べている。

 また,「IPTVにはVOD以外の,IPTVならではの価値も必要になるだろう」と堤氏は指摘する。例えば,サーバー側に「プレイリスト」を作って,ユーザーが見たいものをリスト化していつでも見られるようにする機能や,ユーザーの視聴履歴からお勧めの番組を示す「リコメンド機能」,「Felica」のようなICカードを使った決済機能などがあり得るのではないかと指摘している。

 IPTVに関しては現在,さまざまな動きが起こっている。Windows Media Centerのようなパソコン側の動きもあれば,日本の家電メーカーによる「アクトビラ」のようなデジタル家電に特化したサービスも始まっている。また,NTTが進める「NGN(次世代ネットワーク)」も,動画配信が大きなカギになっている。堤氏はこれらの動きを踏まえて「2007年度中に,IP動画配信サービスの実績を挙げ,2008年度には,ユーザー・エクスペリエンスの改善を含めた二の手,三の手を講じていく」と展望を語っている。