9月7日,東京で開催されたソフト開発のイベント「X-over Development Conference 2007」で,脳科学者の茂木 健一郎氏(写真1)と,アジャイル開発を実践するチェンジビジョンの平鍋 健児氏(写真2)による異色の組み合わせで対談が行われた。テーマは「変化するITやソフトウエアに,開発者はどう対応すべきか」。

 台風の影響で,平鍋氏の到着が遅れるというハプニングがあったものの,茂木氏の「アジャイルに対応しましょう!」の一言で,なごやかに始まった。

「創造性=体験×意欲」

写真1●茂木 健一郎氏
写真1●茂木 健一郎氏
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 モデレータからの「脳科学的には,コンピュータは人間に近づいているか」という質問に対して,茂木氏は「コンピュータは人間に近づかないほうがいい」と即答。ロボットのように身体的に人間に近づけるという方向とは別に,Googleに代表される検索エンジンのように,ソフトウエア(コンピュータ)には,人間とは違った形で知性を持たせられることがわかった。それが新しいDevelopmentの一つの方向だろう。人間とソフトウエアはクロスする形で互いに発展していくのが望ましいと語った。

 また茂木氏は,「創造性=体験×意欲」であるという持論を展開。意欲を高めれば,より新しいものを作り出すことが可能になる。ITには無限の可能性があるのだから,IT技術者はどれだけ自分の意欲を高められるかで,新しい仕事やアイディアを実現できると技術者を鼓舞した。

「発想とコミュニケーションが大事」

写真2●平鍋 健児氏
写真2●平鍋 健児氏
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 平鍋氏は,現在のソフト開発の現場では,顧客と開発者との対話が少ないために,本当に必要なシステムが作れていないというコミュニケーション・ギャップの悩みを明かした。顧客と開発者が積極的に提案し,それぞれのニーズがマッチすると,非常によいシステムができる。発想とコミュニケーションが大事と語る。

 特に,企業向けソフト開発のスタイルは,再利用できることを優先し,なんとか形式化して工学的なモデルに押し込めようとする。しかし,仕様書ベースのソフト開発には限界がある。開発者が問題点に気づいたときに,柔軟に仕事のやり方を変えていくのが重要だと力説した。

 これに対して,茂木氏は,開発者は自分の仕事を楽しむことが大事と主張。日本では,仕事を楽しむことが悪いことのように言われる。しかし,米国西海岸の企業のように,現場を楽しい雰囲気にするほうが生産性は高い。“Quality of Engineering Life”を高める/楽しむことが日本のソフト開発には欠けているのでは,と疑問を呈した。

 一方で,トヨタの生産方式が海外に輸出されるように,日本人独自のきまじめな開発スタイルを磨き上げることも大切と言う。これについて平鍋氏が賛同し,トヨタなどが生み出したリーン生産方式をソフト開発に取り入れようという動きを日本人から提案できなかったことを悔しがった。得意なことは何かを見つめ直して,それを普遍的なものに置き換えていく力が必要と,茂木氏は語る。

IT技術者は仕事を楽しむ気持ちとビジョンを

 日本の若者は,ケータイやネットなどWeb 2.0的なものを自然に取り込んでいる。それは多様性という点で,よい資質である。開発スタイルを含めたソフトウエア・エンジニアリングにも多様性が重要,と茂木氏は続ける。AかBのどちらが正しいかではなく,どちらも正しいと考えて,それらを取り込むことが肝要だ。

 大切なことは,知識やノウハウを一人で抱え込まずに,目に見える形で“リリース”すること。それがコミュニケーション/コラボレーションの鍵,と平鍋氏は言う。開発者は,必要だと思ったら,勝手に組織を超える勇気が必要だ。立場のある人に怒られるかもしれないが,それが結果的に利益を生む場合もある。「たまには横紙破りも必要」(平鍋氏)。

 さらに平鍋氏は,「自分がこうしたいと思うことで,人との出会いが意味を持ったものになった。そして思いの連鎖が生まれた」と自分の経験を語った。様々な知見を持ったもの同士がつながっていくことで,英知はソフトウエアとして結実し,富を生み出す。いつも夢やビジョンを持ち続けてほしいと説いた。

 今苦しいことでも,方向を見失うことがなければ,いつか達成感という喜びに変えられる。「脳の働き的にも,夢やビジョンは苦労を喜びに変える魔法の薬」(茂木氏)という。「IT技術者は,仕事を楽しむ気持ちとビジョンを持つことを忘れないでほしい」と二人のメッセージが一致したところで対談は終わった。