「ICTアクセシビリティ」の作成に携わった東京大学の中邑教授
「ICTアクセシビリティ」の作成に携わった東京大学の中邑教授
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国内で利用されてきた「ICTアクセシビリティ」(左)、右が、同日公開された英語版
国内で利用されてきた「ICTアクセシビリティ」(左)、右が、同日公開された英語版
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 米マイクロソフトとユネスコは2007年9月6日、ICT(情報通信技術)アクセシビリティに関する教育カリキュラム「CARE」を発表した。身体的・精神的障害を持つ学生に対してICTの利用法、活用法を教えるためのカリキュラムで、マイクロソフト日本法人と東京大学が2005年に作成した「ICTアクセシビリティ」という教本をベースにしている。国内の教育現場での活用実績が海外でも評価され、全世界的に展開されることになった。同日公開した英語版を皮切りに、今後各国語に翻訳される予定だ。

 ICTアクセシビリティは、東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍特任教授とマイクロソフトが共同で作成した。障害の種類に応じて、WindowsやIE(Internet Explorer)、Officeソフトなどが標準で備えるアクセシビリティ機能の使い方を紹介する内容がメインだ。障害を疑似体験し、アクセシビリティ機能を実践的にとらえるカリキュラムもある。国内では、複数の財団法人や企業が参加するICT教育推進プログラム協議会の活動の一つとして発行されている。

 中邑教授は、障害のある学生向けのICT教育の現状について「障害者向けのICT製品は高価だ、という先入観があってあまり普及していない」と説明。Windowsにも設定を変えるだけで使えるアクセシビリティ機能があるが、「驚くほど知られていない」(中邑教授)。例えば「フィルタキー」という機能を使えば、キーを押してから文字が入力されるまでの時間を長くできる。キーを押し間違えてもすぐに手を離せば誤入力が防げるわけだ。だがその存在を知らないために、肢体不自由児にキーボードを正しく打つ練習ばかりをさせてしまう。「手に震えがあるために誤入力をし、それを訂正するのに手間がかかる。その結果、子どもはパソコンが嫌いになってしまう」(中邑教授)。

 中邑教授らは2年前からこの教材を携えて各地の学校を回り、養護学校や特別学級の教諭ら約800人に講習を実施してきた。「Windowsの設定を変えるだけなので簡単に使えて、さらにお金がかからない。このように“すぐにできる”ことが分かると、手応えを感じてもらえる」(中邑教授)。研修を受けた教諭には、パソコンのボランティア教師のような活動に携わっている人も多いため、教育現場以外のNPO活動などでもこうした知見が生かされていく可能性があるという。

 アクセシビリティ全般を見ると、米国やカナダなどの方が日本よりも進んでいるという。だが「マイクロソフト社内で調べたところ、このような教材は日本法人でしか作っていなかった」(マイクロソフト 公共インダストリー統括本部プログラム&マーケティング部 アカデミックプログラムマネージャー 滝田裕三氏)。その背景には、「米国では障害者支援そのものが産業化しているが、日本には専門にサポートする人がいない」(中邑教授)という事情がある。米国ではWindowsのアクセシビリティ機能よりもさらに高機能な製品が複数存在し、それを保険で購入できるため、OSの標準機能はあまり使われていないというわけだ。高機能な製品を手に入れやすい状況にない日本だからこそ、こうした教材が生まれたという。

 CAREは既に、豪州で試行されている。まずはアジア太平洋地域を中心に導入が進み、将来的には欧米でも利用される予定という。