写真:ヤマトホールディングスの瀬戸薫社長
写真:ヤマトホールディングスの瀬戸薫社長
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 「新商品のアイデアを探すのは本当に難しい。お客さんに聞いても,答えは返ってこない。それでも1つだけ,お客さんのニーズを知る方法がある。それが『クレーム』だ」--ヤマト運輸などの持ち株会社であるヤマトホールディングスの瀬戸薫社長は7月9日,都内で開催された「IT Japan 2007」で,同社の新サービス開発手法を披露した。

 ヤマト運輸の主力商品である「宅急便」は,1976年のサービス開始から31年が経過したが,今でも「売上高の年間成長率が1桁台後半を維持している」(瀬戸社長)という。これは宅急便が,消費者の新規需要を掘り起こし続けているからだ。

 そもそも宅急便を始めた31年前は,宅急便自体がそれまでになかった「新商品」だった。それまでヤマト運輸が手がけていた,メーカーの品物を販売会社や小売店に配送する「BtoB」の運送業は,「誰でも参入できる『易しい』業務であり,それだけにライバルも多かった。このため,収益は上がらず,社員に重労働を強いる下請け構造だった」(瀬戸社長)。より収益の高い業務に移行するために始めたのが,「個人の品物を個人に届ける『CtoC』の宅急便」(同)だったという。

 宅急便へと事業を急転換するために,ヤマト運輸は自らの退路を断つことを厭わなかった。ヤマト運輸は宅急便を始める上で,それまで300億円の売上があったBtoB事業を温存しなかった。瀬戸社長は当時,営業所で勤務していたが「そこでの会議の主要テーマは,どのお客さんの仕事を断ってきたか」だったという。社員の意識を宅急便に傾注させる「背水の陣」を採ることで,「宅急便への業務の移行という,前向きな『リストラ(リストラクチャリング,事業の再構築)』を実現できた」(瀬戸社長)と語る。

「お客さんに喜んでもらう」が起点

 瀬戸社長は,宅急便を成功させるカギが「お客さんに喜んでもらう」ことにあると断言する。「サービスを改善してお客さんに喜んでもらえば,荷物が増える。荷物が増えると,集配の密度が上がって効率が上がり,収益も良くなる」(瀬戸社長)からだ。お客さんに喜んでもらえる,他社を圧倒する「良いサービスの商品」を実現することが宅急便の歴史だった。

 もちろん,「お客さんに喜んでもらう商品」を開発するのは容易ではない。例えば同社では「ゴルフ宅急便」や「スキー宅急便」,「クール宅急便」など,様々なヒット商品を生み出してきたが,これらは「システム的な裏付け」がなければ実現できなかった商品だった。

 例として,ゴルフ宅急便やスキー宅急便の仕組みを紹介しよう。これらは,単にゴルフ・クラブやスキー用具をホテルに届けるだけのサービスではない。なぜなら,お客がホテルに宿泊する何日も前に荷物を届けても,ホテルの側で荷物を収容しきれないからだ。

 そこで,ゴルフ宅急便やスキー宅急便では,お客がホテルに宿泊する前日まで,ヤマト運輸の営業所で荷物を保管している。それと同時に「ホテルの最寄りの営業所に荷物が保管されている」という情報をホテルに伝達する。もし,お客がホテルに荷物の有無を問い合わせた時に,「荷物が保管されている」ことをホテルが答えられるようにしたのだ。

 ヤマト運輸が1980年代にゴルフ宅急便やスキー宅急便を実現できたのは,同社がそれまでに荷物がどこにあるかを確認できる「トレーシング・システム」を構築していたからだった。瀬戸社長は,「当社が荷物にバーコードを添付して,荷物のトレーシングを始めたのは1978年のこと。当時,バーコードは日本でほとんど普及していなかった」と振り返る。

お客さんの心をどう知るか

 また,「お客さんに喜んでもらう商品」を作るためには,「どうすればお客さんが喜ぶか」をかぎ分ける必要があるが,これも難しい。「こういったことは,お客さんに聞いても答えてはくれない」(瀬戸社長)からだ。

 しかし,お客のニーズを理解する手法が1つだけある。それが「クレームに耳を傾ける」ことだ。瀬戸社長は「お客さんがクレームを言うのは,不満があるから。クレームをなくしてあげれば,お客さんは喜ぶ。お客さんを喜ばせる一番確実な商品開発手法は,クレームをなくすことだ」と語る。また瀬戸社長は,「お客さんのクレームをなくしていくと,お客もサービスに合わせて進化する」と語る。サービス水準が上がると,より高度なクレームが寄せられるようになり,そのクレームに応えることで,サービスの水準をさらに改善させられるのだという。

 同社の「時間指定配達サービス」が,まさにこのような進化の歴史だった。「夜間に荷物を受け取りたい,というお客さんのために『夜間お届けサービス』を始めた。すると,同じ夜間でも『俺は9時に受け取りたい』『俺は6時に受け取りたい』というクレームを受けるようになった。これに対応するように,『時間帯お届けサービス』を開始した。それでも,『2時間単位の指定では満足できない』という声が寄せられたので,荷物を届けた旨をメールで伝えて,『荷物を受け取る時間』や『荷物を受け取れる場所』を指定できるサービスを始めた。そうしても『すぐに持ってきてくれ』という声があったので,ドライバーの携帯電話やメールアドレスに直接連絡できる『ドライバー・ダイレクト』というサービスを始めるようになった」と瀬戸社長は語る。

 現在,首都圏などでは,500~600メートル四方ごとに,ドライバーが1人配置されている。連絡を受けたドライバーがすぐに配達ができる体制が整っているからこそ,「ドライバー・ダイレクト」のようなサービスが実現できてているのだ。もちろん,ドライバーの「情報武装」も欠かせない。ドライバーが持つ「ポータブルPOS(PP)」と呼ばれる端末は既に「6世代目」に当たり,荷物の配送状況をほぼリアルタイムでトレースできるようになっている。ドライバーはPPを使ったメールなどを駆使して,お客の細やかなニーズに対応しているのだ。

 「サービスの進化は,お客さんとの競争。お客さんは常に,われわれのサービスの前を行っている。お客さんに離されないよう努力すると,新しい商品ができる」--瀬戸社長は,新製品開発の極意をこう語っている。