The New York Times紙の6月10日(米国時間)付け記事によると,インターネット検索大手の米Googleは独占禁止法(独禁法)違反で米Microsoftを告発したが,米司法省(DOJ)は調査を拒否したという。この記事は,様々な理由から注目に値する。

 まず,記事が指摘した通り,DOJはMicrosoftの独禁法違反問題に対する態度を一変させた。現在DOJはMicrosoftを擁護する側に回っており,Microsoftを追究していないのだ。次に,これも記事の指摘通り,DOJと,Microsoftによる和解条件の履行状況を監視している米連邦地方裁判所は,このGoogleの訴えを隠していた。ただし,最も重要な三つ目の理由は,記事から完全に抜け落ちているようだ。Googleの告発は軽率で根拠がなく,偽善的な行為である。

 これまでの経緯を紹介しよう。Microsoftが「Windows Vista」の完成を目指していた2006年,Googleを含め多くの企業は,米国や欧州連合(EU),その他地域の関係当局にMicrosoftの独禁法違反行為を訴えた。MicrosoftにWindows Vistaの仕様変更を強いようと狙ったのだ。関係当局はMicrosoftに何も要求しなかったが,Microsoftは自発的に譲歩を重ねた。さらに,Googleの願いが完全に聞き入れられることはなかったものの,MicrosoftはWindows Vistaに搭載するWebブラウザ「Internet Explorer(IE)7」で検索エンジンの関する取り扱い方法を変更した(関連記事:米司法省が「『IE 7』はGoogleの脅威にならない」と判断)。

 GoogleがWindows Vistaの関して訴えた不満は,明らかにこれだけでない。The New York Times紙の記事には,「Googleは独禁法の関連当局に対し,『Windows Vistaに組み込まれた検索機能が,当社のデスクトップ検索ソフトウエアの動作を遅くさせている』という訴えも行った」とある。つまり,この訴えは「MicrosoftがユーザーにGoogleの(突如として余分な機能となった)デスクトップ検索ソフトウエアを使わせないようにする目的で,わざわざWindows Vistaをこのように設計した」というのだ(歴史好きの人のために書いておこう。MicrosoftがWindows Vistaにデスクトップ検索機能を組み込む計画を発表したのは,Googleが自社製デスクトップ検索ソフトウエアの発表やリリースを行うよりも大分前である)。

 Googleの訴えによって,興味深い問題が浮かび上がった。第一に,なぜDOJと連邦地裁は訴えを秘密にしたのだろうか。第二に,この記事は「DOJがMicrosoftに対するかつての方針を翻し,あちこちの州にGoogleの申し立てを無視するよう圧力を加えようとした」と報じている。そして数州で検察当局が「Googleの訴えを調査する方向であり,DOJに協力するよう求める」という。

 そのような調査を行う必要はない。Googleの訴えに根拠などないのだから。その理由は,現在のMicrosoftをみればわかる。数年前DOJが初めて法廷に引きずり出した強欲で態度の悪い独占論者だったMicrosoftと比べ,どれほど変わっただろう。そしてMicrosoftは,ライバルになる可能性のあったNetscapeを負かす目的でWindowsに違法改造を加えたとして,有罪判決を受けた。このときの訴えには,調査を進める理由があった。Netscapeは将来有望な挑戦者と目されており,当時のNetscapeが直ちにMicrosoftやWindowsを危険にさらしていた状況はないものの,Microsoftの内部文書からMicrosoftが「ユーザーがIT基盤としてWindowsの代わりにWebを使うようになると,そうした危険が近々起きるだろう」と考えていたことがわかったのだ。

 現状をきちんと理解することなく,1996年のNetscapeと2007年のGoogleをいろいろ比較しようとしている可能性がある。確かにNetscapeとGoogleは,いずれもMicrosoftと競合するインターネット・ベースの製品を扱う企業だ。ところが現在のGoogleはインターネットにおける最大手であり,対象分野で独占力を発揮している。Googleのインターネット検索市場における市場シェアが約65%あるのに対し,Microsoftは8.46%しかない。さらにGoogleは市場シェアを毎月確実に伸ばしており,ライバルたちの市場シェアは月を追うごとに小さくなっている。実際「Googleは独占しつつあるパソコン・デスクトップ市場の拡大を図っている」との主張もあるほどだ。Googleがインターネットという舞台においてMicrosoftのデスクトップ市場に対する支配力と同等の力を発揮するのは,時間の問題に過ぎない。しかもGoogleは,Microsoftよりもはるかに短い期間で支配力を手に入れる。

 仮にMicrosoftが可能性のあるライバルを窮地に追い込んでおきたいと考え,そのために違法な手段を使っているのなら,筆者が最初に非難していただろう。もちろん筆者は,以前からの読者の皆さんはご存じの通り,Microsoftが10年前に独禁法違反の判決を下された際,2社以上に分割されるべきだったと今でも確信している。しかしMicrosoftは変化し,当たり前の行動を取る,道理をわきまえて競争する企業となった。現在のMicrosoftがGoogleにした譲歩は,10年前Netscapeに加えた危害と同じくらい大きなものであったことは間違いない。Googleの訴えに付き合うなど,話にならないほど時間と税金の無駄だ。

 唯一この問題で物議を醸すのは,DOJが訴えを隠し通そうとしたことである。DOJは訴えの事実をそのまま公表し,完全に忘れてしまえばよかった。おそらくDOJを捜査したほうがよいだろう。Microsoftを再捜査する理由は全くない。Googleの強力な支配,影響,進行中のプライバシ侵害を考えると,MicrosoftよりもGoogleを捜査すべき理由が増えることは確実だ。Googleに対する捜査は時間の問題だろう。