ジミー・ウェールズ氏。教育についても触れ、教材をフリーライセンス化することの重要性などを述べた
ジミー・ウェールズ氏。教育についても触れ、教材をフリーライセンス化することの重要性などを述べた
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Wikipedia(青)とCNN(赤)の閲覧者数の比較。2006年に両者が逆転した
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「Googleにとって最もひどい悪夢」と題してウェールズ氏を紹介した米雑誌
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「Search Wikia」プロジェクトのWebサイト
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 ユーザーの手によって作られているフリーの百科事典「Wikipedia」。この創始者であるジミー・ウェールズ氏が2007年3月19日、ITと教育政策をテーマにした「第23回教育情報化政策セミナー」(日本教育工学振興会主催)で講演した。「幼いころは百科事典ばかり読んでいた」など自身の子ども時代のエピソードも交えながら、Wikipediaの成り立ちや現状などについて説明した。会場からは「既存の出版社が生き残る道はあるのか」など活発な質問が出された。これに対してウェールズ氏は、出版社を始めとする既存メディアはむしろWikipediaなどの動きを利用すべきだと答えた。

 Wikipediaは現在、リーチが4.8%(1日に100万人当たり4万8000人が閲覧)に達するサイトに成長している。これは「CNNとBBCを足した数よりも多い」(ウェールズ氏)といい、主力メディアの一員になりつつある。内容の正確性も向上し続けており、2005年末には科学雑誌「Nature」が、「ブリタニカ百科事典」と差がわずかだとする調査結果を掲載するなど、既存の書籍を脅し始めている。

 こうした変化に対して「嵐が過ぎ去るのをじっと待っている出版社はマズい。出版コスト削減のために新しい動きを生かそうとする企業がこれからも成功を収めるだろう」とウェールズ氏。例えば同氏が出版社の社員だったら、フリーなライセンスの下で公開された画像や音声ファイルを集めた「Wikimedia Commons」を利用しない手はないという。「多くの出版社が画像についてはかなりのコストをかけている。Wikimedia Commonsを利用すればそれを瞬時に削減できる」(ウェールズ氏)。

コミュニティ構築の秘訣は「信頼」

 講演では、WikipediaのかなめであるWebコミュニティにも話が及んだ。記事の執筆や査読を担当する有志の集まりだ。ウェールズ氏によれば、コミュニティの構築において何より重要なのは「他人を信頼すること」だという。

 それを説明するために例として出したのは、レストラン。「レストランではステーキを食べてもらうためにナイフを出すが、ナイフは刃物だから誰かを刺さないとも限らない。それを恐れると、お客に檻に入って食事をしてもらう、などというおかしなことになる。つまり一般社会では、刺さないことを前提にナイフを渡すという信頼関係ができている。しかしWebコミュニティは、悪意のある人が多いという考え方で作られることが多い気がする」(ウェールズ氏)。つまり、従うべきは性善説。その上で、彼らに必要で有用なツールを提供することが大切だという。

 こうした方針は過去の苦い体験に基づいている。1999年、人々による百科事典の構築を思いついたウェールズ氏は最初に「Nupedia」というプロジェクトを手がけたが、管理を重視するあまり、7回もの査読を経なければ記事が公開できない仕組みにしてしまった。同氏自身も執筆を試みて、その問題点に気づいたという。「記事公開までのプロセスが大変で、自分の得意分野ですら、いざ書き始めたら負担が大きかった。これでは楽しくも何ともない。このやり方ではダメだと思った」(ウェールズ氏)。そして現在の方針に至り、成功を収めたという。

 成功の立役者としては、誰もが自由に編集可能なコンテンツ管理システム「Wiki」の存在も忘れてはならない。Wikiは、冷静かつ慎重な議論の場としては最適だとウェールズ氏は言う。誰もが自由に編集できるWikiでは「偏りがあったり、不正確なものを書いても自然淘汰されてしまう。自ずと質を重視し、内容の正確さに注目するようになる」(ウェールズ氏)。

 そんなウェールズ氏は現在、ウィキアという会社で、オープンソースの検索エンジン「Search Wikia」の開発に注力している。コミュニティ主導で開発され、透明性が保証されている点で「Google」などの主要検索エンジンと一線を画すそれは、米国の雑誌で「Googleにとって最もひどい悪夢」と取り上げられた。その表紙を掲げながら同氏は公開に向けての意気込みを見せていた。