「NGNは企業ユーザーの立場から見た場合,『Next Generation Network』ではなく,『Now Generation Network』。今すでに,ほとんどの会社でできていることなので,あわてて検討する必要はない」---2007年2月9日,「NET&COM2007」会場で,NTTデータの松田次博氏(写真1)が「5つの『VS』で考えるNGN時代の企業ネットワーク」と題し,NGNや次世代の企業ネットワークの展望について語った。
冒頭で松田氏は,「NGNの定義は10人いたら10通りあって,違うのは当たり前。新しい技術が出てきたら,それを活用するアイデアは10人いたら10通りあったほうがいい。今日は皆さんそれぞれにとってNGNは何なのか,答えを持って帰っていただければ」と前置きしてから講演を始めた。かく言う同氏が考える当面のNGNの定義とは「IPで音声とデータとモバイルを統合する」「インターネットにはないセキュリティとQoSを保証する」「アプリケーションやサービスの開発が容易」の3つだという。そう考えれば,「NGNはNTTやKDDIがやっと重い腰を上げて,回線交換機,電話交換機をIPの仕組みに替えていくことを『Next』と言っているだけ」(同氏)で,企業ユーザーではとっくに実現できていることだというのもうなずけるだろう。
だが,本来あるべきNGNとは,「通信事業者のネットワーク資源をAPIとしてユーザー・アプリケーションに開放すること」だという(写真2)。つまり企業ユーザーがアプリケーションを通じて,通信事業者の持っているさまざまな機能を使えるようにするということ。テレコムアプリケーションとも呼ばれる。欧米では昔から開発が行われているが,日本ではAPIをいつ,どんな形で公開するのかロードマップが示されていない。松田氏は「2009年頃には日本でもテレコムアプリケーションが実現できるのではないか」と予測するが,一方で「日本で公開されるAPIは,Parlay Group(企業などのアプリケーションが,通信事業者のネットワーク資源を容易に利用できるようにするAPIセットの標準化・普及を目的としたコンソーシアム)が推進しているようなグローバル・スタンダードに準拠したものになるのだろうか?そうでないと国内のハード/ソフトベンダーもユーザーも大きな機会損失を被る」と,日本がグローバルでの技術標準に背を向ける可能性を危惧した。
また,「ユーザーにとって価値ある新しいサービスがどんどん生まれるのがNGN」として,その意味ではNGNを語る際に光ファイバーやFMCサービスにこだわる必要はないとも述べた。若いユーザーにとっては携帯電話がパソコンの代わりにネットワーク・サービスの受け口になっている点を指摘し,「電話も、インターネットも、テレビも見える今の携帯電話は、ある意味でNGNそのものと言うこともできる」(同氏)。
ネットワークの高速化などの面では,現在NTTなどが語る「当面のNGN」にも面白い点があるという。例えば「NTTの企業向けイーサ通信サービス(次世代イーサネットサービスGAVES)の速度は10Gで,これは現在の広域インターネットよりずっと速い。『LANのほうがWANよりも速い』という現在の常識が覆る。シンクライアントやディザスタ・リカバリなどのインフラとして今までにない使い方ができるのではないか」(同氏)。もう一つ注目するのは100Mbpsの速度を実現するという3.9世代の携帯電話だ。「2010年頃には無線LANより速い携帯が出ることになる。速度が速くなるということはそれだけで価値がある。新しい用途をユーザーが勝手に考えて,今まで思いもよらなかった使い方ができるようになるだろう」(同氏)。
企業ネットワークにもオープン性が重要になる
今回語られたもう1つの大きなテーマは今後の企業ネットワーク設計についてだ。松田氏は「今年あたりからやっていこうとしているのが『サービス・インテグレーション』。今まで,企業のネットワークを設計するというのは,企業のニーズを満たすために機器や回線を選び,そしてユーザー・インタフェースを用意することで,『ネットワーク・インテグレーション』と呼ばれていた。だが,これは今ではあまり意味がない。今後はいろいろなサービスやアプリケーションの中から,適切なものを選んで提供する『サービス・インテグレーション』をどうしていくかが重要。それで結果的に安くて,便利で,安全に使えるネットワークを実現したい」と語った。講演のタイトルにもなっている「5つのVS」が,松田氏が挙げる企業ネットワーク設計のポイントである。
1つ目は「専用線 vs ブロードバンド回線」。今まで専用線主体で設計していた企業ネットワークを,コンシューマ向けのブロードバンド回線主体で構成し直すことで,広帯域化とパフォーマンスの向上を図る。あわせて重要なのは,ブランドや実績にとらわれず,性能や技術のオープン性を重視してネットワーク機器を購入することと,専用線とブロードバンド回線でトラフィックを負荷分散することだ。この「脱・専用線」「脱・ブランド」「差別化ルーティング」,3つのポリシーに従えば,ネットワークの信頼性を損なわずに20~30%のコスト削減が可能だという。同氏はこれを「ネットワーク・リストラ」と呼ぶ。
第2は「IP電話の集中制御型 vs 自立分散型」だ。松田氏曰く,「使われない電話のために投資するのは無駄」。ここ3年半の間に,ビジネスで使われる通話の時間は半減しているという。固定電話だけでなく,携帯電話の通話も減っているのが現状だ。それを考えると,「設備コストの削減が可能で,テレビ会議などのコラボレーションにも活用の可能性があるソフトフォン主体のIP電話がおすすめ」(同氏)。また,今はIP電話のサーバーを本社に置いて多数の拠点のIP電話を一括管理するのが主流だが,拠点ごとに小型で運用性の高いサーバーを置くやり方も検討する価値があるという。
企業において,例外的に通話が増えている部署はコールセンターだ。「ネットビジネスが盛んになってさまざまな事がインターネット上で実現できるようになると,一方で,最後はどうしても人に聞きたいというお客様が出てくる。そのため,通話のトラフィックは全体に減っているが,コールセンターには集中する」(同氏)。大規模なセンターだけでなく,部門単位の小回りの効くコールセンターの重要度も今後は増すだろうという。
3つ目は「ネットワークコンピューティング vs ローカル・コンピューティング」だ。これはアプリケーションやデータをクライアント・パソコンの上で動かす,という従来の考えが変化し始めているという指摘である。例えばまだ割高ではあるものの,セキュリティの観点から近年再注目されている製品にシンクライアントがある。最近ではクライアントではなくサーバー上にあるアプリケーションをブラウザー経由で使い,データもWeb上に収めるSaaSという考え方も知られている。SaaSはセキュリティ上の問題から企業で広く使われるには至っていないが,このアイデアは企業ネットに活用できるものだという。
4つ目は「レガシー vs NGN」。NGNにレガシーを上回るサプライズがあるか?という問題だ。今後のネットワークでサプライズを生むとすれば,それはNGNのプラットフォーム上で動くテレビ電話/会議,インスタントメッセンジャーなどのコラボレーションツールや,検索,ブログなどにあるのではないか,という。
最後は「ユニファイド・コミュニケーション vs コンバインド・コミュニケーション」である。松田氏はここでもやはりオープン性の重要さを訴えた。単一のベンダーが開発したメール,インスタント・メッセンジャー,Web会議システムを独自のインタフェースで使うユニファイド・コミュニケーションより,複数の製品を組み合わせたコンバインド・コミュニケーションの方が良いのではないかとの提案である。必要に応じてソフトを自社開発し,インタフェースはブラウザーなどを使ってシンプル化する。それによってより安価で,各企業の固有のニーズに合ったシステムができる。
松田氏は講演の中で,企業ネットワーク環境のオープン化とそれにともなうコストダウン,柔軟性向上のメリットを繰り返し強調したが,一方で,これはシステム・インテグレータからすれば諸刃のやいばでもあるという。「オープンな技術を使うということは,システムインテグレータの乗り換えもたやすいということ」(同氏)だからだ。だが,「いつでも主役はユーザー」との考えに基づいて設計をする以上はやらなけれならない。「ここに来ているのは同業者の方が多いはず。皆さまがやらなければ,私たちがやりに行きます」(同氏)と会場を沸かせていた。