デベロッパービジネス本部の鈴木祐巳氏
デベロッパービジネス本部の鈴木祐巳氏
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 マイクロソフトは2007年1月17日,Webクリエータ向けデザインツールのスイート製品,「Microsoft Expression Studio」を発表した。本製品はマイクロソフト初のデザイナー向けツールだ。マイクロソフトは今後デザイナーとどのように向き合っていくのか。またExpressionはどのようにデザインワークを支援するのか。同社デベロッパービジネス本部の鈴木祐巳氏と春日井良隆氏に話を聞いた。

SWD Expressionファミリーはこれまでアプリケーション開発にあった課題を解決するツールとのことだが,具体的な内容はどのようなものか?

鈴木 米MicrosoftはもともとBasicというプログラミング言語の開発から始まった企業だ。ビル・ゲイツは当初,コンピュータを一家に一台導入してもらうにはどうすればいいかと考えていた。ソフトウエアがないとコンピュータは使えない。そこでプログラミング言語でソフトウエアを数多く開発してきた。ソフトとコンピュータ,そして開発言語はこのように分かちがたい関係にあるわけだが,コンピュータ黎明期においてソフトウエアの多くはプログラマや専門家が使うものだった。

 しかし近年はやっと誰でもコンピュータを使うという状況になってきた。メールやネットの閲覧などがその代表だ。誰でも使うということ,すなわちリテラシーが低い人も使うということは,コンピュータ,つまりソフトウエアが誰に対してもわかりやすくなければならないということだ。ユーザビリティのあるデザインが必要になってきた。

 しかしプログラマは,デザインに関するリテラシーが高いわけではない。プログラマがデザイン作業をなんとか一人二役でこなしてきた結果,ヘルプやマニュアルを見なければ使えないアプリケーションがあふれてしまった。おそらくプロダクト・デザインの領域などでは,使用状況を調査分析して製品の使い勝手の良さを向上させるノウハウはあると思う。使いやすさを追求することがデザインという行為であるならば,デザインのノウハウが今まさにアプリケーションの世界で必要とされている。

 今回Windows Vista(以下Vista)という新しいOSを提供するわけだが,このOSはコンピュータをさらに使いやすくする機能を備えている。Vista世代のアプリケーションは当然デザインに配慮した使いやすさを一層求められることになる。

 デザイナーにもいろいろな定義があると思うが,様々な分野のデザイナーが積極的にアプリケーション・デザインに関わり始めてくれたらと願っている。配色や情報の配置に対する工夫などがアプリケーションのユーザビリティ向上の一助となるはずだ。そのためのツールとして今回開発したのがExpressionブランドだ。これがマイクロソフトとして初めて市場に投入するデザインツールだ。

プログラミング言語の知識はいらない

SWD そのExpressionファミリーをデザイナーはどのように活用すれば良いのか?

春日井 今までお話ししたようなアプリケーション・デザインそのものの課題に加えて,アプリケーション開発にはワークフロー上の課題がある。開発者とデザイナーでは共通言語が少なく,コミュニケーションが取りにくいという問題だ。Expressionは両者が共同作業しやすくなるよう工夫したツールだ。例えばデザイナーはExpression Blendでキーフレーム・アニメーションを作る。できあがったものをただ「XAML」というマークアップ言語に書き出す行程を踏むだけでいい。あとはXAMLを開発者に渡すだけだ。意図したデザインは開発工程を経てもしっかり反映される。

鈴木 現場ではよくあることだが,ドロップダウン・メニューなどOSが基本的に備えているユーザー・インタフェースのデザインに含まれていない表現は,開発の工程で反映されずに終わるというケースがある。たとえデザイナーがわかりやすさに配慮して加えたデザインだったとしても,開発サイドとしては無いものは実装できないとして作業を進めてしまう。

 デザインに関する指示としてビットマップ形式のデザイン・カンプ(仕上がり見本)を開発者に手渡すこともあるだろう。しかしそれでは再現性の保証はしにくい。最終的に,こんなはずではなかったという個所が必ずどこかに出るはずだ。絵によるやり取りという原始的な手法から,きちんとお互いの環境にとって解析可能な形式でやり取り可能になる。これがXAMLの利点だ。

SWD デザイナーはXAMLを学習しなくても良いのか?

鈴木 しなくても良い。PostScriptを勉強しなければデザインができないということはないだろう。

SWD これまでアプリケーション開発に携わった経験のあるデザイナーはきわめて少ないと思うが,マイクロソフトとしては今後どのようにデザイナーと接していくのか?

春日井 まずはツールを体験していただきたい。その必要性をしっかり理解していただいたうえで,トレーニングや情報提供をデザイナーが受け取れる形で展開していかなければならないと考えている。まずはWeb制作に携わるプロダクションと提携して,積極的に情報提供しているところだ。昨年の「Remix」というイベントもその試みの一つだ。

まずはWebクリエータがターゲット

SWD 必要性を理解ということだが,使ったほうが良い,というどころが,使わなければならないということか。

鈴木 その通りだ。Expressionはアプリケーションの表現力を広げる。使うことによって今までできなかったことができるようになる。Vistaは近い将来,必ず普及すると考えている。そうなったとき,その上でビジネスを展開しようとするならば,必要性についてはより具体的に感じ取ってもらえるだろう。

SWD スタティックなWebの場合,エディトリアル・デザイン的な素養をそのまま制作に生かすことはできるだろうが,アプリケーション・デザインとなるとデザイナーはどう取り組んでいくべきなのか,やや想像しにくい部分もある。

春日井 アプリケーションという言葉を,WordやPhotoshopと同じものととらえた場合,考え方は違ってくるかもしれない。例えばVistaが搭載したガジェットというミニアプリケーションは起動しているという感じがあまりせず,常にデスクトップにあるものだ。この場合,アプリケーションというよりWebのコンテンツに性質が似ていると思う。

 こうした製品のターゲットはWebの利用者に重なる。そう考えると,まずWebデザインに関わるデザイナーからExpressionファミリーに触れてもらうとその利点がよくわかっていただけるのではないだろうか。今Webクリエータと呼ばれる人の多くは元グラフィック・デザイナーであり,DTPオペレータだった人も多い。同じような感覚で取り組んでいただきたい。

プロダクト・デザイナーの参入に期待

鈴木 プロダクト・デザイナーの参入も期待したい。アプリケーションをリアルなプロダクトに置き換えて考えると,音声プレーヤーの場合,録音ボタンは押しにくくデザインされている。同じようにアプリケーションのデリートボタンも簡単に実行されないよう作るのが望ましいはずだ。しかしプロダクト・デザインの質という意味ではソフトウエアの世界は遅れている。特に企業の内部で利用されているアプリケーションのデザインはまだまだ改善の余地がある。

SWDデザイナーやクリエータは一般にMac OSユーザーが多いと言われるが,Windowsがクリエーティブ・プラットフォームとして今後一層認知されると考えているか。

春日井 デザインにMacユーザーが多いと考えられているのは,イメージの問題だ。Webの制作に携わる人の7割はWindowsユーザーである。ゲーム・クリエーターの場合じつに98%を占めている。逆にMacユーザーは少ない。

鈴木 プライマリPCはMacでも,セカンダリでWindowsを使っているという人を含めればほとんどのクリエータがWindowsユーザーと言ってよい。Macだけを使っているデザイナーは商業印刷分野にしかいないのではないだろうか。

SWD 様々な人材が参入することで業界が活気づくとも思えるが,アプリケーション・デザインが多様化すると逆にマイナス面もないのか?

鈴木 弊社ではユーザー・インタフェース(UI)デザインの研究開発に専門部隊を抱え,ノウハウの蓄積をしている。それを欠くと起こりがちなのはデザインの不統一による操作性の低下だ。Windowsアプリの場合,外部のベンダーが参照可能な形でUIデザインのガイドラインを設けており,ファイル・メニューやヘルプの構成を整えてもらっている。こうしたガイドラインを踏襲していただくことも大切なことだが,アプリケーション・デザインが自由になること,自由になって使いやすいデザインの模索が始まるということのほうが重要ではないか。

 ちなみに「Vista向けアプリケーションのUIデザインガイドライン(Windows Vista User Experience Guidelines)」は英文で存在しており,一部日本語化もされている。今翻訳作業を進めているところだ。

SWD そういう情報はどうやって入手できるのか

鈴木 「msdn(Microsoft Developer Network)」のサイトから入手可能だ。ただ,msdnはもともと技術者向けのサイトなので,今後は言い回しや表現に配慮して,デザイナーにも訴求できる技術情報の提供方法を考えなければならないと感じている。

ハイスペックなPCのユーザーにふさわしい機能を

SWD アドビシステムズが提供を予定している新しいアプリケーション実行環境の「Apollo」と比較されることは多いと思うが,WPF(Windows Presentation Foundation:Vistaが備えるUI機能)のここがより優れているという点は?

鈴木 比較するというわけではないが,グラフィック・アクセラレータ,つまりハードウエアの性能を使い切れる仕様になっているところがアドバンテージではないか。しかし裏を返せばハードウエアを持たないユーザーはWPFが実行できないということでもある。そこはあえて割り切ったところだ。しかしそれは時間が解決するはずだ。

春日井 表現で優れていると言えるのは3Dモデルの取り扱いがしやすい点と,Windows Mediaとの親和性が高い点だ。これは弊社の技術ならではの点だろう。ApolloのコアテクノロジーとなるFlashは,基本的に2Dの平面表現を駆使するメディアだ。立体的な表現が必要なコンテンツならWPFのほうが良いのではないか。しかも3Dを表現取り入れるにあたり,特別なノウハウやスクリプティングの必要がなく容易なのも利点だろう。

SWD Apolloはクロスプラットフォームで実行できる点が良いとされるがどうとらえているか。

鈴木 例えばJavaは「Write once,Run anywhere.」と言われている。しかしそれでは最大公約数的なプラットフォームにしか対応できず,機能面であきらめなければならない部分が出る。つまり敷居を下げてクロスプラットフォームを実現するということだ。先進的なスペックのPCユーザーにとってそれはハッピーなことだろうか。私たちはそのようには考えていない。

SWD Vistaの普及と同時にハードの向上が進み,ソフトウエアなどコンテンツの質が向上していくということか。

鈴木 そう考えている。

  【修正履歴】当初,鈴木祐巳氏のお名前を「後藤祐巳」氏と記述していましたが,誤りです。「鈴木祐巳」氏に修正しました。(2007年1月25日)