「ITによる情報公開が進むことで、多くの企業が競争を避けるようになるだろう」――。野村総合研究所(NRI)の研究創発センターで上席研究員を務める横澤誠氏は、50年後の企業活動をこう予想する。その理由は、「他社と同じ土俵で戦うことを避けたほうが得策と判断するため」だ。そこでの企業は、事業の専門化が進み、ジョイント・ベンチャー(JV)のような形で一時的な仮想企業を作るなど、「自社の強みを生かしながら、他社の強みを取り入れてビジネスを進める事業形態」が考えられるという。

 競争回避の背景には、「ITによる価値観の多様化に拍車がかかる」(横澤氏)ことがある。多様化を推し進める理由として、横澤氏は現在起こっている二つの事象を挙げる。一つは、「仮想通貨」の台頭。マイレージに代表される「企業通貨」や「Edy」、「Suica」といった電子マネーなどである。横澤氏によれば、「これら仮想通貨は、『公的機関でなければ通貨を発行できない』という、数百年来通用してきた通貨の概念を崩しつつある」。国以外の団体が発行した通貨や、企業が発行するポイントなどと比べても、現在の仮想通貨は汎用性が高く種々の場所で利用できる。将来はこうした仮想通貨が今以上に存在感を増しているとみる。

 もう一つの理由は、「ネット社会における新たなコミュニティの形成」(横澤氏)だ。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などで現在のネット・コミュニティは「情報交換」が主な役割だが、今後は「価値を交換する」コミュニティが徐々に増えていくと予測する。既に、オークションやファイル交換など、価値交換のためのコミュニティが形成されつつある。将来は、「仮想通貨の存在とあいまって、より強いつながりになっていく」(横澤氏)。

 仮想通貨とネット・コミュニティの組み合わせは、個人の選択肢を増やす。例えば、現実社会で学校や会社といった組織に属している個人が、ネット上では複数のコミュニティに属するようになる。そこでは、あるコミュニティでの活動で独自の仮想通貨を獲得できるようになり、「オレは現実社会では貧乏だが、このコミュニティでは富豪として認められているから十分だ」といった考え方が特殊ではなくなってくる。「何を人生の幸せと考えてかの特定が難しくなる一方の個人」(横澤氏)を対象に、特定の企業が単独で事業展開することはますます難しくなるというわけだ。