ITスキル標準(ITSS)のレベル1に対応した「新エントリ試験」を創設、レベル2には「基本情報技術者試験」を充てる――。

 11月27日付の記事でお伝えした、ITSSと情報処理技術者試験制度の関連付けを目指す議論の最新状況を要約すると、こうなる。

 この考え方が示されたのは、12月8日に開催された、経済産業省による人材育成ワーキンググループ(WG)の第3回会合。経産省がこれまで慎重だった情報処理技術者試験制度の改革について、大幅に踏み込んだ「たたき台」を提案したのだ。ただし、このたたき台のまま、すんなり決まるかどうかは、まだ議論の余地が残っている。

 同省はたたき台の中で、「新ITスキル標準(新ITSS)」という表現を使い、まずレベル1をエントリ、レベル2を基礎共通、レベル3を高度共通、レベル4を高度分野別、というように再区分する案を提示した。具体的には

レベル1:初級IT技術者・・・教育機関を卒業する段階で、これから情報産業(含むユーザー企業)で働くものとしての必要最低限な予備知識・技能を習得した者。
レベル2:基礎IT技術者・・・情報産業(含むユーザー企業)で高度IT人材として成長するための基礎的知識・技能を習得した者。
レベル3:開発系/業務系IT技術者・・・それぞれの領域において、チームリーダーとして相当程度の業務を処理できる知識・技能を習得した者。
レベル4:ミドル/シニアIT技術者・・・営業やコンサル、開発マネジャ、運用管理、クリエータなど、より細分化された職種分野で高度IT技術者として職務を遂行できる知識・技能を習得した者

という4レベルである。

 その上で、レベル1の人材を認定するためのエントリ試験として、(1)初級システムアドミニストレータ試験より易しい試験、(2)初級シスアドと同レベルの試験、(3)基本情報技術者試験(Fundamental Information Technology Engineer Examination)と同レベルの試験、のいずれかを創設する案を提示している。同時に試験の構成として、「a案:午前(知識)と午後(実務)を踏襲」、または、「b案:主に知識を問う試験のみとする」という2案を提示した。b案は試験のCBT(コンピュータによるテスト)化を想定したものだ。

 ちょっと分かりにくいが、上記のレベル1の記述にある「これから情報産業で働くものとしての必要最低限な予備知識・技能を習得」という表現、およびCBT化の両面から(1)または(2)になる見通しが強まった。実際、人材育成WGの委員の間では、CBT化に賛成する意見が少なからずあった(ただしCBT化については以前、基本情報技術者試験を対象にした議論があったが、主にコスト面で成立しないため棚上げされた経緯がある。これに関しては、いずれ機会を改めて解説したい)。

 つまり、前回の記事でお伝えした「基本情報技術者試験をレベル1の条件にすべき」という考え方からすると、かなり易しい試験になるわけだ。これには2つの理由がある。

 一つは現実性である。「13%台という合格率からも明らかな通り、基本情報技術者試験は大学などの高等教育機関を卒業し、IT企業に入社して間もない人材にとっては難度が高すぎる。言い換えれば、この試験に合格しないとITのプロと見なされないというのでは、制度自体が動かなくなる恐れがある」(人材育成WGのある関係者)。どんなに理想的な制度を作っても現実的に機能しなければ意味がないことを考えると、重要な指摘だ。

 また、この新ITSSのレベル基準に則れば、多少の見直しは必要にしても、現在の経産省系の試験体系をうまく、それぞれのレベルに当てはめることができる。レベル2=基本情報技術者試験、レベル3=ソフトウェア開発技術者試験、レベル4=プロジェクトマネジャーをはじめとする各種の高度試験、という具合である。

 しかし、今回のたたき台の基礎になっている新ITSSによるレベル区分には疑問もある。一つが新ITSSという言葉そのもの。ようやくITSSが普及しつつある段階で、“新”とするのは、混乱をもたらしかねない。この点に関して経産省は「大きな意味はない。レベルの記述がITSSと異なるので“新”をつけただけ」と説明する。確かに ITSSのレベル記述

レベル1:要求された作業について、指導を受けて遂行することができる。
レベル2:要求された作業について、その一部を独力でできる。
レベル3:要求された作業がすべて独力でできる。スキル開発においても自らのスキルの研鑽を継続することが求められる。
レベル4:社内において、プロフェッショナルとして求められる経験の知識化とその応用(後進育成)ができる。

となっている。

 またレベル1、2の説明として、「プロフェッショナルとしてのスキルの専門分野が確立するにはいたっておらず、当該職種の上位レベルの指導の下で、業務上における課題の発見と解決をするレベル。担当業務における業務遂行に責任を持つ」とあり、大きなずれはないように思える。

 だが子細に読むと新ITSSのレベル定義は、レベル2と3の間に飛躍がある。そのためITSSのレベル3で示される、「要求された作業がすべて独力でできる」人材が定義されない。職種別の定義を見ても、現行のITSSでは、例えば「アプリケーションスペシャリスト」のレベル1の達成度指標を、「同一職種の上位者の指示の下、あるいは既存の作業標準やガイダンスに従い、開発チームメンバとして開発、導入のいずれかの局面に1回以上参画した経験を有する」としている。現行のITSSは、レベル1の条件として何らかの実務経験を求めているのだ。つまり、経験ゼロを想定していないのである。

 このあたりのレベルに対する見方は、人材育成WGの委員の間でも必ずしも一致しておらず、今後、議論になる可能性がある。委員の意見をいくつか挙げると、「レベル1、2の人材は、アマチュアではなくプロ。試験制度をそれに対応させることが重要だ」、「極論かも知れないが、レベル1、2の人材は、たまたまIT企業に就職して開発部門に配属されて仕事をしているだけ」、「(基本情報技術者試験において)少し思考力が必要な設問があると、合格率が大幅に下がる。ところが落ちた人は、IT企業に勤務し、レベル1、2と推定される人たちだ。この辺の実態を真剣に考えるべき」といったものだ。

 結局、情報系学部/学科の卒業試験の意味合いも備えたエントリ試験を作ることは、ほぼ固まりつつあるものの、ITSSのレベルと試験との整合に関しては、まだ変更の余地がある。例えばITSSに新たに「レベル0」を設け、エントリ試験と整合させる、という方法も考えられる。エントリ試験をどう設計し、どのようにITSSと整合させるかは、試験制度全体に対する信頼感や他の試験の位置づけに影響するだけに、しっかりした議論が望まれるといえよう。

 エントリ試験がらみの動向説明が長くなった。第3回会合で取り上げられた高度試験や資格化の議論についても報告しておこう。

 まず高度試験(PMやシステムアナリスト試験など)に関しては、現在の職種ごとの試験を改め、技術知識や情報理論、プロジェクトマネジメント、システム運用などの「スキルセット」ごとに受験できるようにする案が提示された。一度合格したスキルセットに関しては再受験の必要がなく、受験者の負担を軽減できるメリットがある。例えば多くの職種に共通する技術知識を問う試験は一度合格するだけでいい。人材育成WGの委員からも、賛同する声が多かった。しかし、スキルセットをどう定義するのか、過去の合格者の扱いをどうするのか、受験料が高くなってしまわないか、などの課題は残る。

 一方、資格化に関しては、経産省が

(1)資格者登録型(例:中小企業診断士)・・・資格者名称、住所、勤務先などを登録。その所在を明確にし、資格者からサービスを受ける機会を提供する。
(2)名称独占型(例:技術士)・・・資格者以外の名称使用を禁止。名称の詐称を防止することで、社会的な信用を確保する。
(3)必置規制(例:防災管理者)・・・一定の業務において資格者の配置を義務づけ。安全を確保する。
(4)業務独占(例:弁護士、建築士)・・・資格者しかサービスを提供できない。国民の権利、安全などを確保する。

という4タイプに整理し、WGに提示した。

 このテーマに関しては、それほど深い議論はなかったが、一部の委員から「社会的な地位確立のためにも、いくつかの職種に関して『必置規制』が必要」という意見があった。しかし、それを実現するには何らかの法制化が必要で、実現のハードルは高い。

 筆者は、ある職種やITSSのレベルに対する認識が実質的に広がれば強い規制は不要と考えるが、逆に認識を広げるために必置規制のような制度が必要かも知れない。特にセキィリティ関連の人材に関しては、必置規制の意味は大きいだろう。