写真●JR東日本の大塚陸毅 取締役会長
写真●JR東日本の大塚陸毅 取締役会長
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 「改革の成否は,何と言っても社員の意識にかかっている。企業の中にいる社員自身が,変わらなければと必死にならなければ,改革の成功はおぼつかない」。東日本旅客鉄道(JR東日本)の大塚陸毅 取締役会長(写真)は,企業や組織改革の要点を,こう述べる。12月7日,NECの展示会「iEXPO2006」で,「国鉄改革とJR東日本」と題した講演での発言だ。国鉄が分割・民営化されてからのJR東日本の改革の歩みや,SuicaなどのIT活用を初めとしたJR東日本のビジネスの現状と将来像を語った。

 大塚会長はまず,分割・民営化されるにいたった旧・国鉄の経営状況を振り返った。当時の国鉄の財政は,まさに「破綻していた」(大塚会長)。国鉄の末期にあたる1982~86年の財政状況は,毎年平均で1兆7000億円を超える営業赤字を記録していた。国から6000億円あまりの補助金をもらっていたり,最後の13年間で11回もの運賃値上げを実施したにもかかわらず,である。長期債務の残高も膨れ上がり,25兆円にもなっていた。「何度も再建計画を打ち出したが,延命策や問題の先送りでしかなく,いずれも失敗した。私自身,筋書き通りに再建計画が進むはずもないと分かっており,非常に空しい時期を過ごした」(大塚会長)。

 いったい,なぜこのような状況に陥ったのか。大塚会長は「公共事業体としての限界があった」とする。「法律によって,企業などの事業体に欠かせない人事権や価格の決定権が無かった。当時は日本経済が好調で,マイカーが普及し始めるなど,鉄道事業者を取り巻く競争環境が激しさを増していた。にもかかわらず,法律でがんじがらめで,にっちもさっちもいかなかった」(同)。

 ほとんど破綻状態にあった国鉄にとって,改革は待ったなしだった。「マネジメントを抜本的に改革することが,国鉄改革の柱だった。いろいろな見方があるが,改革は成功していると思う」(大塚会長)。分割・民営化以後のJR東日本グループの経営状況は黒字続きで,「ここ数年は過去最高益を更新している。運転事故発生件数も,民営化直後に比べて78%減少した」(同)。

Suicaを核に「生活革命」を起こす

 大塚会長は,今後の成長戦略として,コア事業である鉄道事業の徹底的なブラッシュアップと,鉄道を中心にした新たな事業の確立を目指している。中でも,「新たな収益の柱にしたい」と期待するのが,電子マネー機能付きICカード「Suica」を核にした事業だ。

 現在,Suicaの発行枚数は1804万枚,利用可能な駅数は911。電子マネーの取り扱い件数は1日当たり約37万件である。「Suica事業はまだ緒に就いたばかり。大きく変わるのは2007年3月,SuicaとPASMOの相互利用サービスが始まってからだ」(大塚会長)。PASMOとは,首都圏の地下鉄や私鉄のプリペイドカード「パスネット」と,バス共通カード,定期券などの機能を持つICカードである。2007年3月からは,SuicaまたはPASMOで首都圏のJR,地下鉄,私鉄,バスを乗り降りできるようになるほか,両カードの電子マネー加盟店で買い物ができるようになる。「電車やバスに加えて,まもなくタクシーにも電子マネーで乗れるようになる。利用者の利便性が格段に上がる。1円玉などの小銭を使うケースが減るので,省資源化にも貢献できるだろう」(大塚会長)。

 Suicaは2001年11月のサービス開始以来,2003年7月にクレジットカードを一体化した「ビュー・スイカカード」,2006年1月には携帯電話にSuica機能を搭載した「モバイルスイカ」など,相次いでサービスを拡充してきた。「電子マネー機能を持つICカードはSuicaを含めていくつかあるが,Suicaにしかない機能は電車に乗れることだ。この強みを生かして,Suicaを生活インフラにするべく,今後も機能や利用範囲を拡大していく」(大塚会長)。

 もちろん,便利なサービスも,鉄道の基本である「安全運行」があってこそだ。JR東日本の毎年の設備投資総額のうち,安全のための投資額は,約4割に当たる900億~1100億円程度。「安全運行は経営の最優先事項。お客様の死傷事故,社員やスタッフの死傷事故,災害による事故,どれもゼロを目指す」(大塚会長)。